『サロゲート』

バルト9の終電前ギリギリに終わる回で見てきました。封切後2週間経っていないはずですが、かなり空いていました。やたらに短い近未来SF映画です。1時間29分しかありません。近未来と言っても、人間が遠隔で操作し、その人間の身代わりとなるロボット「サロゲート」が普及していると言う以外は、基本的に現代と考えるべき設定です。

この世界では(一部の反対者を除いて)殆ど総ての人が、家でスティムチェアーと呼ばれるマッサージチェアーのような椅子の上に寝てヘッドギアのようなものを装着して、自分の代わりに行動するサロゲートを操作しています。サロゲートは人間の体の如く、(味覚や嗅覚はどうか分りませんが…)五感への刺激を操作者に遠隔で伝え、且つ、操作者の意のままに動きます。運動能力は(登場するメインのサロゲートは警察官のものなので特注かもしれませんが)人間を大きく上回っていて、走るスピードや跳躍力などはかなりのものです。走っている自動車に向かって引っこ抜いた道路標識を槍のように投げつけることまでできます。操作者である人間の方は、外出も滅多にしないので、街を歩くことさえ不慣れになっています。

そんな社会でブルース・ウィリス演じる捜査官が、数年ぶりに起きた殺人事件を捜査する物語です。物語の展開に従って、サロゲート社会の様々な特異な状況を目撃することができ、その中で生きる人間の脆弱さや疎外感が自然に描かれていきます。

この映画を見ていて酷似している『攻殻機動隊』シリーズのストーリーを思い出します。『攻殻機動隊』は人間の体を機械化していった結果、義体と呼ばれるサイボーグに究極的に変化した人間達が住む世界が舞台で、脳さえ電脳化と呼ばれ、ネット世界に直接接続された状態にすることができるようになっています。『サロゲート』より未来の世界ではありますが、サロゲートと義体は機能上、ほぼ一緒ですので、舞台となっている社会の変化の方が相違が大きいと言った程度の違いです。その舞台において、事件の謎解きと、機械化された人間のドラマが並行して描かれるテイストが、どうも『攻殻機動隊』と『サロゲート』の共通点に思えます。さらにいうなら、短くまとまった話のスピード感も共通しているといえます。短いが故に、物語の設定について見るものに分かるように、登場人物がわざとらしく説明する部分もあまりなく、唐突に物語が進み始め、終わりまで疾走して行く展開も似ているように感じられます。

ただ、道行く人々、職場の人々の殆どがサロゲートになった社会に対して、『攻殻機動隊』では、脳も含めた体の機械化の程度は人それぞれで、飲食店も街に数多く存在しますし、義体と生身の間でセックスもできます。その点、サロゲートは飲食も排泄もしないようですし、性交の機能もないように見えます。(物理的に性交はできると思いますが、その快感を操作者に伝えることがどの程度できるのかが疑問です。安モデルの場合、視覚と聴覚しか操作者に伝わらず、あとの感覚はオプションといったディスカウントショップのようなものまで登場するからです。)

サロゲートの登場によって、犯罪も事故もない生活を人類は実現したというのが、この映画の設定ですが、食感も性の悦楽もなく、業種分類から飲食業や風俗業が消えてしまっているような社会がどの程度存在し得るのかが、多少疑問ではあります。それでも、映画のスピード感や特殊メイクの妙味を活かしたサロゲートの描写など、この映画は見るべきものが満載で、DVDがでたら、間違いなく買いだと思います。

映画のラスト近くで、たった一人の人間に、総てのサロゲート操作者の命とサロゲートの運命が委ねられる、やや非現実的な瞬間が訪れます。結果、サロゲート操作者は命を永らえますが、地球上のサロゲート総ては操作者から切り離され、シャットダウンされた状態になってしまうシーンとなります。町中のありとあらゆるサロゲートが機能を停止し倒れこんでいくシーンは圧巻です。マネキンのような多くの美女とイケメンがバタバタと道路に倒れこんでいきます。

二つ似ていると思ったものがあります。一つは、『ハプニング』の自殺者が連鎖するシーンです。そしてもう一つは、やなぎみわの『エレベーターガール』です。横浜美術館で見た一連の写真は、同じエレベーターガールの制服を着たマネキンのように酷似した女性達が、がらんどうの商業施設にポツポツと佇んでいたりするものです。その中のいくつかの作品の中の女性達は、床に折り重なるように倒れこんで居たりします。

私はこの作品群が好きで、写真集を買いました。人間疎外の表現として基本的に同じコンセプトを持った映像だと、『サロゲート』のパンフレットと『エレベーターガール』の写真集を見比べて思うのでした。

※やなぎみわ『エレベーターガール』
 http://www.yanagimiwa.net/elevator/index.html