『ウェイヴ』

新宿の明治通り沿いの映画館の割安な夜の回で見てきました。

ドイツの高校で、「独裁」を実習で教えることになった体育教師が、簡単なルールを設けて生徒に強いただけで、生徒は集団主義にどんどん熱狂するようになり、コントロールが効かなくなり、最後には死者まで発生する事態となる過程を描いた映画と言うことになっています。

パンフレットを見ると、「単純なルールがひとの心を支配した」とあり、それらのルールとは…、
●先生には“様”をつける
●許可なく発言しない
●仲間は助け合う
●白シャツを着る

の4つだということになっています。
そして、パンフレットは、この映画の元となった実験を行なった教師まで登場させて、誰しもがファシズムに簡単に走リ得ると主張するのです。

しかし、どうもそのようには見えません。

まず、高校生達が街で徒党を組み、街で暴れる(と言っても、自分たちのマークをペイントして回ったり、自分たちの集会に対して他人を入れないようにしたりする程度)ようになったのは、4つのルールの結果ではありません。

4つのルールの設定と並行して、
●発言は許可を得て、起立して行なうことになっていて、
●教室内の全員で左右を揃えて行進風の足踏みをさせ、皆を統一感で高揚させた
●クラスに団体名を皆で意見を言い合って投票で決めさせた
●ロゴマークを決めさせた
●団体のジェスチャーを決め、集団でそろえて行なわせた
●自分達のホームページを作らせた
●さらに、体育教師が顧問を勤める水球部の試合を皆で応援させた

など幾つもの事柄が行なわれています。

また、独裁と集団主義や全体主義の境界も曖昧です。体育教師が学生達の同意を得て独裁者役になっていますが、解散を宣言して独裁の愚劣を教えようとする最後の場面以外にアジったり演説をすることもありませんし、見る限り一人の生徒を除いて、狂信的に体育教師を崇拝する学生も登場しません。

例えば、一人の人間の所有物でありコントロール対象である、「オーナー経営者率いる中小零細企業」が私のクライアントですが、その多くに制服はあり、朝礼はあり、体操はあり、ロゴマークもあれば、ホームページもあります。勤務時間中の私語や私用は完全に制限されているのも普通です。或る面で完全に独裁制ですが、別にそのような条件を満たした組織が、皆社会的にはた迷惑な違法集団になっていくわけではないのは自明です。むしろ、求心力の高い優れた運用のされた組織になることの方が多いように思います。

勿論、同じような条件で、犯罪に及ぶようなカルト宗教集団も存在する訳ですが、それは「独裁者」が不埒だったからこそそうなる訳で、「独裁者」が必ずしも組織を悪い方向に導くものではないでしょう。現実に、この実習の生徒も(ベースとなった実際の実験における生徒も)よく勉強するようになり、教えあって成績も伸びた様子です。反対に極端に排他的な態度をとったり、反社会的な行動をとったのは一部の学生に過ぎません。

その意味で、この映画で描かれたプロセスは、単に体育教師が監督不行き届きのままで、高校生を煽り、その中の悪乗りした学生を放置した結果のことに見えます。パンフレットや前評判にある、「集団に一律の規律を与えると、排他的で反社会的な集団になる」と間違いなく読み取れる主張は、どうも的外れに思えてなりません。

そんなことが気になって、商売のネタも特に見つからず、完全に不発の映画でした。DVDは買いません。