『あまろっく』

 4月19日の封切から1ヶ月と数日経った月曜日。『王様のブランチ』でもきっちり紹介されていた名作と思っていましたが、1ヶ月を待たずに上映館数・上映回数共に急減し始めました。既に都内では新宿と有楽町、そして武蔵村山でしかやっていません。119分の尺なので午前早めの回は避けたく思い、新宿ピカデリーの10時台の上映に行くのは諦めました。新宿ピカデリーでは1日1回、その時間帯にしか上映していません。有楽町の館は東映本社ビルの老舗映画館です。こちらは1日2回。午前の回と午後2時丁度の回です。そこで、この2時丁度の回を鑑賞することにしました。(ちなみに武蔵村山も既に1日1回になっており、17時台の上映ですが、如何せん遠過ぎるので却下しました。)

 この映画館は遥か以前に来た覚えが微かにあるのですが、いつごろ何を観たのか全く覚えていません。観たのも多分、このブログ『脱兎見!東京キネマ』を書き始める以前だったのではないかと思えます。偶然ですが、『あまろっく』をこの館で観ようと決める少々前に、この映画館についての記事がニュースサイトでアップされました。来年2025年夏の閉館のアナウンスです。ビルの老朽化が甚だしいので、銀座の一等地で商業集積に建て替えるとのことですが、そこには映画館が新たに入る予定はないようです。つまり、東映本体が直営で行なう映画館事業はなくなるということです。グループ会社にはバルト9などのマルチプレックスを多数抱えるTジョイがあるので、天下の東映が映画館を全く手放してしまう訳ではないものの、何か時代の趨勢に押し流される様子が頭に浮かびます。

 いかにも古いといった構造と風情ながら、非常に清潔に保たれた印象が強い狭いロビー上のスペースに入ったのはかなり上映時間ぎりぎりです。チケット購入は上映開始時間の1時間近く前でしたが、チケット販売窓口の担当者に「お客様が時間を潰すことを想定していないロビーになっているので、開場時間近くにお戻りください」と丁寧に案内されたため、筋向いのモスカフェで時間を少々潰してから、上映開始時間5分少々前にシアターに入ったのでした。

 シアターに入って最後列の通路脇席の深く大きな椅子に掛けて見渡すと、私以外に8人ぐらいの頭頂部が見えました。自分の真横方向の最後列の観客は姿が確認でき、女性の単独客2名とさらに男性単独客1名でした。映画終了後に再度人数や客層を確認しなければと思っていてそうしたら、座席に深く掛けた観客が見えていなかったため、総勢は20人ほどと判明しました。全員単独客で、女性7割男性3割といった感じです。男性は年齢が高い方に偏っており、私の年齢を中心値としてかなりばらつきが少ない感じでした。女性は20代から30代の数人とそれ以外がかなり上の方に偏っている感じでした。

 この映画を観に行こうと思った最大の理由は、久々の江口のりこ主演作であることです。『戦争と一人の女』の感想で以下のように書いています。

「 しかし、この映画を私が観に行きたいと思い立った理由は、やはり、江口のりこです。江口のりこの色白ののっぺりした華の無い顔と特にスタイルが妙にいい訳でもない風体から繰り出される、よく言えば何もかも達観したような言動、悪く言えば、人を食ったような態度やせりふが私はとても好きです。遥か昔の若い頃に、似たような顔・体型、そして言動の女性が好きになったことがあるのが、多分最大の理由だと思いますが、(本当の江口のりこはどのような人物なのか全く知りませんが)彼女の務める多くの役柄において、その放射される妖しさが突き刺さってくるように思います。

 実は私が観に行った日の翌日のトーク・イベントには江口のりこが登壇の予定でしたが、当日行ってからその事実に気付いた上に、スケジュールが全く合わなかったので、江口のりこが本当はどのような人物なのかを私は全く知りません。翌日のトーク・イベントは『「野田とちがいます 女優が見せるもうひとつの顔」』と言うタイトルで、彼女が最近主演を張って大受けであるらしいワンセグドラマ『野田と申します。』の本人との違いなどを語るとのことでした。しかし、画面で見る江口のりこで十分で、別に追っかけのファンになりたい訳でもないので、まあ、良いかと言う感じでもあります。

 追っかけのファンではありませんが、私はゆっくりと江口のりこに注目するようになったように思います。一番最初に前述のような魅力のある女優としての彼女に気付いたのは『非女子図鑑』での主役作品です。そして、映画館で逃して後にDVDで観た『ユリ子のアロマ』での堂々の演技です。怪優と言っていいと思いますが、思いのほか、主演作が少ないのが難点でした。ウィキで見ると、『ジョゼと虎と魚たち』、『スウィングガールズ』、『気球クラブ、その後』、『観察 永遠に君を見つめて』、『赤い文化住宅の初子』など数々の私が大好きな作品群に出ている筈なのですが、殆ど記憶に残らないような役柄です。さらに、『イキガミ』や『ヘルタースケルター』などにさえ出ていると言われると、DVDを山のように借りて、ウォーリー君の如く江口のりこを探しまくってみたくなります。」

 この後も江口のりこを見るごとにじわじわと好印象が無意識のうちに蓄積して行ったように感じます。その中には上に挙げた『ジョゼと虎と魚たち』での彼女の存在感の大きさを再認識したこともありますし、『スウィングガールズ』の寧ろやたらに影の薄い楽器店店員を再確認したこともあります。さらに、ネット上で大きく話題になったドラマ『名もなき毒』の狂気のストーカー女の役もDVDで確認して非常に楽しみました。

 その後も色々な作品で観ます。DVDで観た『あさひなぐ』の尼やら『羊とオオカミの恋と殺人』の殺人組織のまとめ役やら、劇場で観た『波紋』の新興宗教狂いの主婦とか、あちこちに出てきます。最近でもDVDで観てみた『シロでもクロでもない世界で、パンダは笑う。』にもいきなり犯罪に走る敏腕刑事役で終盤に登場していました。主演を張る江口のりこのイメージはやはり、『月とチェリー』『お姉ちゃん、弟といく』『ユリ子のアロマ』、そして傑作の『戦争と一人の女』のように気怠いエロさが最高です。しかし、今回は主役なのに大分趣が異なり、細かな表情や言動で本人の抱える複雑で揺れ動く感情を表現しなくてはならない、難易度の高い役と『王様のブランチ』で見た前情報で知っていました。

 そして、中条あやみです。『3D彼女 リアルガール』の感想で以下のように書いています。

「 それ以外の付随的な動機に、中条あやみの存在もあります。私がこの女優を認識したのは、劇場で観た『チア☆ダン~女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話~』です。広瀬すずにその外観からどうも好感が持てない私は、勢い天海祐希とチアのチームのリーダーを務めていた子を注視することになりました。このリーダーの子が中条あやみです。このブログの感想でも…

「前述の部長を務める真面目な子も、天海祐希の覚悟を受け容れ、天海祐希が書くように指導した「夢ノート」に、「みんなで必ず全米を制覇する。そのために私はみんなの敵になる」と書き込み、後悔を心に秘めながら、全員の欠点や弱みを暴き、妥協のない指導に打って出ます。このような厳しく努力と向上を求め続ける姿勢は、シチュエーションが似ている『フラガール』にさえ見られません」

と書いています。実は、中条あやみ演じるこのリーダーの子は…

「(天海祐希は)描かれる主要メンバーのうち唯一のチアダンス経験者で全体を引っ張る優等生の部長の子も、人間的魅力が足りないと評価し、全米大会のファイナル直前の土壇場でセンターから外します」

と感想にも書いた通り、ファイナルの場でセンターから排除される子です。ネットで見ると、中条あやみが美人なのかどうかで多少の議論が見つかりますが、取り澄ましている感じに見えるのに、話をすると嫌みがない、白人と日本人のハーフのモデル系に女子に共通する一種の透明感がウリの女優なのだと私は思っています。次に彼女を私が発見したのはDVDで見た『セトウツミ』でした。こちらでも、本作と同じように、かなりオタク系の強い池松壮亮演じる高校生に強い好意を抱いてしまった寺が実家の美人で、樫村一期(かしむら・いちご)と言う変わった名前の女子高生を演じています。『3D彼女…』とは異なり、この作品での恋心は成就することがありませんでした。演技としてやたらに優れた様子はありませんが、一定の範囲のキャラに収まっている役柄を演じさせたらピカ一だと私は思います。」

 その後中条あやみをあまり見ない時期が少々続きましたが、テレビで偶然特番を観てからハマリ、ドラマもスペシャルドラマも映画も全部観た『TOKYO MER~走る緊急救命室~』の彼女は主役以上に目立つ勢いでした。特にスペシャル・ドラマでは、TV版で研修医でしかなかった彼女が、TOKYO MERのセカンド・ドクターに立候補するまでの成長譚で実質的に彼女が主役と見ても良いぐらいでした。前後してテレビドラマから同様に映画化もされた『君と世界が終わる日に』の方は、私が避けているゾンビモノなので観ていませんが、ネットで見る限りそれなりには好演だったように書かれています。

 最近の爆発的な名演は。その他にコミックシーモアやハーゲンダッツのCMがあまり見ない中でもテレビを見ているとかなり印象に残ります。不発感が甚だしかった『ニセコイ』の印象を一気に塗り替えるぐらいの大活躍だと私は感じています。

(私は全く共感できませんがネットで「似ている」との評価が一部にある新木優子は、ファッション雑誌の専属モデルからオートクチュールのモデルまで勤め、CM、ドラマ、映画と活動領域がかなり近く、ファッションショーでも一緒に出演した写真なども公開されていると聞きます。年齢は新木優子の方が3つ上で既に30歳になりましたが、ドラマ、映画の配役などを見ても、どうも今一つ新木優子がパッとしないように思えてなりません。私はどちらかというと新木優子のファン度合いがやや高いですが、どうも、中条あやみの結婚のニュースやら今回の様な主演作品の話を耳にするたびに、新木優子の見劣り感がつい意識されてしまうのです。今年7月に公開される『キングダム 大将軍の帰還』の将軍役には(同作に出演する長澤まさみの様な)活躍を期待して止みません。)

 この二人が出て、さらに笑福亭鶴瓶が出れば、上手くまとまらない訳がありません。その家族人情劇を観てみたいと思ったのが鑑賞の最大の動機です。

 観てみると予想を超えることもない代わりに下回ることもない佳作だと思えました。

 マイナス評価の部分を先に挙げると、時間の跳躍が起きている所の変化が何かミッシングリング的で残念でした。また、3人の生活がもっと描かれるのかと思ったら、あっさり鶴瓶が死んでしまって、年下の義母にとっての自分の実父の価値を江口のりこ演じる優子が学び変わって行く物語になっています。想像と違った展開で何か拍子抜けしたように感じます。もっと年の差婚の熱愛の二人とひねくれてしまった中年に差し掛かる独身娘との関係性を描いて欲しかったと思います。

 それでも、(近所の子供に算数を手引きするという小さな役割以上の)自分の役割や立ち位置、貢献、そう言ったものを発見して行く優子の再生の物語は非常に丁寧に描かれています。また鶴瓶の登場の尺が非常に短いものの、若き日の父を鶴瓶に変わり演じている松尾諭という俳優が名演を炸裂させています。

 この男優は私が最近DVDで楽しんだ『ラストマン-全盲の捜査官-』でかなり登場頻度も高く登場している尺も長い脇役で非常に印象に残っていました。今回調べてみると、ウィキには『電人ザボーガー』『テルマエ・ロマエ』『R-18文学賞 vol.1 自縄自縛の私』『グレイトフルデッド』『進撃の巨人』『シン・ゴジラ』『羊の木』など私がかなり好きな映画作品がたくさん見つかりますが、辛うじて「ああ、そう言えば」と思い当たる『シン・ゴジラ』を除き、全く記憶に残っていませんでした。ウィキに拠ればテレビドラマにはさらに多数出演しています。

 色々な事柄を盛り込んだ優れた作品。ダラダラあちこちでだべって回っている社長はなぜそうなったか。そして若き義母の早希はなぜ家族団欒を強く求め続けるのか。そうした事柄の理由もきちんと描き込まれ、それらの経緯から結果として生まれた、父と20歳の義母の想いを受け止めて優子は段階的に変化して行きます。

 優子の選択の変化は時系列でどんどん変化していく。

◆京大を出て大手企業で社内表彰も受ける優秀社員でありながら、できない人間が許せないため、結果的にリストラされてしまい、実家に戻ってくる優子。自分は努力を重ね結果を出しているのに、努力していない人々が楽しく和気あいあいとしていることが許せないのは、実は小中学校から同じで、京大でもボート部でソロでは一位を取るもののチームからは外されてしまっている。

◆鉄工所の実家を手伝う訳でもなく5年を無為に家でゴロゴロする優子

◆突如、前妻の死後18年目にして再婚を言いだす父に驚愕する優子

◆その後妻が20歳の市役所勤務の女性と知ってさらに驚愕する優子
(連れ子か、隠し子かと疑うやり取りが笑えます。)

◆家族団欒を求める早希との対立。精神的な孤立を深める優子

◆突然の父の死、早希とじわじわとコミュニケーションを取るものの、それでも無為に家事も殆ど手伝わず、だらだらと家にいる優子。早希は家を出るものと思っていたら、工場を手伝って給料をもらい続け、優子を養うという。

◆早希の妊娠発覚。早希の産む決断を聞くと同時に、早希が自分の父にどれほど救われ、自分の父をどれほど愛していたかを知る優子

◆早希がプッシュした京大出身の見合い相手が、実はボート部の優子を応援していた人物で優子に一目惚れし、優子の前に現れ、食事を共にするようになる。自分に価値を見出し自分に向き合うその商社マンと付き合うでもなく時間を過ごす中に、ビジネスの話題などで盛り上がり、人とのつながりの大切さと面白さを再発見する優子

◆商社マンがアブダビに転勤することになり、妊婦の早希から見つけた幸せと大切な人とのつながりを話すべきではないと諭され、早希を置いてアブダビに行く選択をする優子

◆そんな中、ベテラン職人が職場の事故で怪我をして入院し、苦境に立たされる工場と、向上を続けるべく身重な体で生産作業をしようとする早希を見て、早希を救うために工場と家土地を売り払う決断をする優子

◆工場・家土地の処分を早希が受け容れず、アブダビ行きが迫る中、入院中の高齢の職人から、若き日の父が阪神淡路大震災で寝る時間も惜しんで多くの人々を救いつつも、多くの人々の命が目の前で失われる経験で悲嘆にくれた話を聞き、父が自分を守って来てくれたことを痛感する優子

◆結果的にアブダビ行きを断り、婚約も破棄して、早希と生まれてくる40歳ほど年下の兄弟を父に代わり守ろうと決意する優子

 これらの流れが早足で描かれて行きます。何度も「●年後」の文字や過去の西暦年が登場して、場面がどんどん跳び、その間のミッシングリンクが大分気になりますが、江口のりこの確かな演技が少なくともスライドショーぐらいの断続感にまとめてくれています。

 結局、父の残した人々の居場所を守ることを個々バラバラに二人は決意します。そして、アブダビに行くはずだった彼は有名企業の仕事を捨てて、優子と早希の町工場の新入社員になります。優子が社長を務め生産全般を仕切り、早希が副社長として営業に駆け回る、新たな町工場は、結果的に彼女らの父・亡夫が大切に守っていた人々そのものと地域とのつながりを新たな姿で守り続ける立場に歩み出すのでした。或る意味、今社会的課題になりつつある中小零細企業の事業承継問題も従業員や地元の人々のつながりだの絆だので軽々と乗り越えて見せている物語とみることができます。彼女達のその決意の瞬間がまたミッシングリンクできちんと描かれていないのが残念でなりません。

 同じ京大の出身の婚約者と重ねたデートの最中、優子はやたらと先端的な素材技術の開発状況と市況などについての知見を披露しています。5年も10年も現役から遠ざかっているはずの優子はどうやってそのような知識をどのような動機で蓄え続けていたのか、劇中では全く分かりませんでした。敢えて言うなら、それよりももっと前に、なぜ優子はニートを長々と続けていたのかも分かりません。おでんの屋台で生計を立てる同級生だけが優子の心の友で居続け(先方は優子とできるなら結婚したいぐらいに考えてい)ますが、何度か「そんなに文句あるんなら、家を出たらええやろ」と優子に告げています。極めて正論です。

 寧ろ早々に優子の能力を町工場の経営に投入すれば、すぐにも後継ができて何らの問題も起きなかったのではないかと思えてなりません。ならば物語は、父の死後、早々に父の偉大さに気づいた優子の町工場再興の展開に比重を置いた方が、より起伏のある興味深く時代にあったものになったように思えます。いっそ、父の死後の優子の一念発起ではなく、父もいるうちから若い後妻が必死になる中で、優子もいやいや巻き込まれて町工場を再興させる方が、私がより観たい物語になったような気がします。

 色々と設定や展開に残念な部分が多い作品ですが、江口のりこ、中条あやみ、そして安定の笑福亭鶴瓶に加えて芸達者な松尾諭など、関西出身者ばかりで固めた出演者の名演に支えられて、何とか面白おかしく観ていられる人情噺にまとめられた佳作だと思います。

 笑福亭鶴瓶は「この作品は中条の代表作になると思います」とパンフで述べています。私からすると、『TOKYO MER~走る緊急救命室~』で患者の死に強制的に向き合わされる中で成長せざるを得ず、終いにはいつ大爆発を起こすか分からない屋形船に居ても経っても居られず橋から飛び降りてまで患者を救いに向かうほどに変貌する新米医師を演じた彼女の方が、より印象的ではあります。しかし、関西弁全開で職人芸的な役者相手に十分存在感を出した中条あやみにもなかなか観る価値があります。そして、スクリーン一杯に久々の主演を張る江口のりこを目で追ううちに119分は過ぎ去りました。DVDは買いです。