仕事のアポがキャンセルになってぽっかり空いた午前中に新宿ピカデリーで見てきました。既に公開3週目だと思いますが、午前中の回と言うこともあってか、観客はまばらでした。その入りの少なさが腹立たしくなるほどに、名作です。今年になってから今まで見た映画の中では、『女殺…』に並ぶ最高傑作です。DVDが出たら、迷いなく買いです。
『ぴあ』の紹介でも、ストーリーに関しては「人に取り憑いた戦国武将がダンボールで築城しようと奔走する」ぐらいしか書かれておらず、おまけに原作がコミックと聞いて、浅薄にも、ちゃっちい映画を想像していました。憑依された人も、普段着で現代語をしゃべりながらも、マインドが何となく憑依されたっぽいぐらいの話ではないかとか。さらに、すぐに現代環境に慣れて、結構平然と街中を歩き回ったりするようになるのではないかとか。また、そのダンボールの城と言うのも、どうせ、ちゃっちいCGなのではないかとか。などなど、そういうことではないかと思っていました。
ところが、主人公の戦国武将に憑依されているしがない町役場職員を演じているのは、パンフレットによれば上方歌舞伎のホープだとされている片岡愛之助と言う人で、憑依されるまでの最初の数十分の影の薄さで、完全にチョイ脇役ぐらいにしか思えないぐらいなのに、いきなり、憑依されてから、強烈な存在感を放つようになります。
大体にして、井戸に落ちて憑依されるのは、阿藤快も含めて三人居るのですが、一番存在感が薄いのが彼です。憑依された状態で三人が戻ってくると言うことが期待される数分がありますが、彼が武将で残り二人が家来とは全く想像できませんでした。してやられました。この戦国武将、恩大寺隼人将(おんだいじ・はやとのすけ)は、強烈なキャラを画面狭しとばかりに刻み込んできます。話す言葉も、大河ドラマでもここまでやるかと言うぐらいに、妥協なく武将そのものです。前半ほとんど甲冑を着たままで、馬にまたがり商店街のアーケードを疾駆します。さらに、信長で言うところの、「人生僅か50年…」の『敦盛』のような唄をどすの利いた太い声で唄いながら舞うことも、一度ではありません。大音声で「築城せよぉおおお」などと言われると、つい「ははぁあ」と応じたくなるぐらいでした。
そして、さらに、ユンボーを初めて見た時の反応に始まり、鳩の出る掛け時計、万年筆、ファクス、ダンボールハウスなどなど、初めて見て触れた時の反応が、やたら本物っぽいのです。逆に言えば、いつまでも現代に慣れないままの武将なのです。城を建て終わった後、天守閣の上で鯱を掲げて眼下の人々に感謝を言うのかと思ったときも、(せめて、「心より、感謝いたす」ぐらい言うのかと思ったら)いきなり上から目線で、「皆のもの、大儀であったぁ」です。「民が領主を選ぶ、だとぉ」と現代の町長選出の仕組みを聞いて驚き、当初彼から離れていった町民に思い至って、「民から選ばれる器ではないのか」と反省し、町民に自ら頭を下げ、築城への協力を仰ぎまくった後でも、自ら作業に従事することは一度もなく、さんざん町民を働かせ、最後の最後まで礼一つ言わないのです。完全になりきりです。この恩大寺の本格的時代錯誤の本格武将振りが、この映画の最大の魅力であり、ちゃっちさを全く感じさせない原因に思えます。
さらに、予想を裏切って、ちゃっちくないことは多々あるのですが、もう一つの要素は、実際にダンボールで作られ、金色に輝くように見える城です。パンフによると、実際に12000個ものダンボールを費やして作られたとのことです。
ダンボールでどうやって巨大な構造物を作るのかと言う話は、映画冒頭で藤田朋子演じる構造力学の大学講師が講義できちんと説明されます。そして、この大学、愛知工業大学は実在し、エンドロールには、数え切れないぐらいの回数、この学校名が登場します。スタッフ・学生エキストラもこの大学からかなり出ています。豊田市にあるこの大学の開学50周年記念事業の一環としてこの映画の製作が位置づけられていると言うことで、パンフには、豊田市長の挨拶や観光案内まであり、舞台の猿投(さなげ)町も実在しています。このリアルさがこの映画のさらなる魅力となっています。
この映画の魅力は、まだまだ沢山ありますが、多様なテーマを含んでいること、それも、もたつきなく、きれいに整理されて、ストーリーに織り込まれているところでしょう。主人公の女子大生と父親の関係性もきちんと描かれているのは序の口で、その阿藤快演じる父親は大工で、失われつつあるものづくりのあり方を象徴しています。さらに、城の石垣をコンクリートで埋めて水が漏れ出すなどの欠陥工事の社会問題も垣間見られたり、それ以前にダンボール築城は、ものづくりの面白さと大切さ、そしてエコ系の問題をきれいにからめています。地方都市の少子高齢化や町興し、産業誘致など、色々な切り口からも考えさせられる部分が含まれて居ます。
ジュリーが出ていた『幸福のスイッチ』が、零細小売店経営の指針として秀逸な作品とするなら、この映画はTMOか町興しの教科書のような感じがします。リーダーシップのあり方とか、プロジェクト・マネジメントの基礎などと言った分野の教科書としても、まあまあ成立しています。楽しめて学ぶところの多い映画と思ったら、協賛企業である小松電機産業の社長がパンフで経営者の立場から「多面的な魅力のある映画」と評して、「世界は今後、この映画を題材に世の中を語るようになる」と言っています。頷けるセリフなのですが、上映館数を省みると、淋しい限りです。