『未来世紀ニシナリ』

渋谷エリアの劇場案内に載るにしては、やたら駅から遠いミニシアターのモーニングショーで見てきました。『未来世紀ニシナリ』のタイトルは、パンフレットが出されてさえいないので、分かりませんが、好きな映画である『未来世紀ブラジル』が連想されます。

映画は、大阪市西成区の街づくりの活動を描くドキュメンタリーです。女性の声のナレーションが全編を通して入るので、NHKか何かのドキュメンタリー番組を見ているような気になります。4世帯に1世帯は生活保護を受け、高齢者・障害者が高比率で居住し、同和問題もあれば、ホームレス問題も、日雇い労働者の問題も…と、映画は冒頭から終わりまで、西成地区の現実を画像の中の人々とナレーションの女性に語らせ続けます。それは、確かに、私が二十年以上前に初めて上京した際に、自分の目で見たくて訪れた南千住の風景と、共通のものが多々見つかる現実の姿でした。

人の生き方、人と人とのつながり、生きることの苦悩、組織や集団のあり方、現場主義、企業の社会貢献、NPOのありかた、などなど、色々な事柄に思いを巡らせられる中身の濃い68分間を過ごせました。

主たる登場人物は、同地区で同和問題の運動家であったという株式会社ナイス(「Nishinari Inner City Enterprises」の略と帰宅後ネットで見て知りました)社長と、同社の非営利事業部門である「くらし応援室」の室長です。この二人の発言は金言で溢れかえっています。

曰く…
「やっぱり、運動家は現場から離れたらアカン」
「統計の数字ではなく、人を一人一人見つめる調査を」
「愚痴を言う暇があるなら知恵を出せ」
「人と人のつながりからこそ本当の知恵が生まれる」
「人には難儀が時がある。それが普通の生活をはずれるということ。そのときにこそ、助けなくてはならない」
「まだまだ人とのつながりが足りていない」
「街づくり、仕事作り」
「西成の街づくりではなく、西成で街づくりと考えなくてはダメだ」
「社会のマジョリティの無関心が、社会問題を複雑にしてゆく」
「全ての社会問題は社会の隅に押しやられることで悪化する。だから、それを社会の真ん中に据えたい」

映画館の廊下にたった一枚貼られたポスターのキャッチコピーは、「こたえはひとつ、排除しないこと。これがやさしくて、むずかしい」。映画の中でこのセリフが登場してはいないように記憶しますが、映画の中の人々を言い表す言葉として非常に秀逸です。

単なる制度運用とは観るだけで大きな違いが分る、体当たりの活動。「街づくり、仕事作り」と言う言葉からも分るように、仕事が得られにくい人々が仕事を得て自立できるようにするための様々な取り組みが同時並行で、それも身の丈レベルの小さな活動の積み重ねの形で進められているのが生き生きと描かれています。

そして、単にその地区の人々を見つめ、逃げることなく向き合い続けるのみならず、精力的に街づくりのあり方を模索し、その道程で、横浜寿町やイギリスの同様の町に視察にまで行なっています。そこで彼らが口にする言葉がまた、現実と格闘を続けてきた人々ならではの気付きの連発です。

しかし、この映画の内容の素晴らしさは、そのような状況の街にあって、登場人物達がほとんど愚痴らしい愚痴を言わないことです。ただただひたむきに、当り前にできることに取り組み続ける。それを楽しみ、それを励ましあい、生きていく人々の姿が見る者の心に刻み込まれます。

リストラ実施の片棒も担ぐこともあるので、私は排除しないことの実践を直接仕事の場に取り込むことはできませんが、学ぶことのやたらに多い映画でした。DVDが出るのか否か、怪しいように感じられる作品ではありますが、発売されることがあれば、間違いなく買いです。