『いのちの戦場 ?アルジェリア1959?』

新宿武蔵野館で見てきました。このブログを書き始めてから、初めてのフランス映画です。アメリカ合衆国はベトナム戦争を描いた映画を多々作っていますが、フランスが自国の植民地であったアルジェリアの独立に至るまでの戦争を描いた映画は殆どありません。その触込みを聞いて、見てみたいと思いました。

フランスがこの「アルジェリア戦争」を戦争と認めたのは、戦争終結から37年後の1999年と言うことで、その間、長きに渡ってこの戦争は無かったことになっていたと言う話です。しかし、約8年に及ぶ戦争において、フランス兵は200万人も現地に送り込まれ、3万人近くを死亡させています。一方、アルジェリア人は推定で30万から60万人も死亡しているという損失の大きさで、なかったことにするには、無理がありすぎます。映画の中でも、主人公の中尉が帰国して映画館に入るシーンがありますが、所謂「大本営発表」の映像が映画の前後に流れていて、そこでは、フランス兵を含むフランス人と現地のアルジェリア人が「平和」と「協力」でパイプラインを築いたりしている画像が流れています。

映画は、指示ミスから発生した友軍同士の銃撃戦で、ゲリラ掃討軍の中尉が死亡するところから始まります。そこへ赴任してきたのが主人公の新任中尉です。裏切りや人々の死を日常の中で見るうちに、捕虜への拷問や一般村民の大量銃殺など、彼が理想主義から否定していた戦地の現実に、どんどん染まっていく様子が描かれています。

パンフレットでは、フランス版の『プラトーン』と(映画の予告同様)書かれていますが、実際には、アメリカのベトナム戦争とはかなり様相を異にします。

一つは、ベトナムはアメリカの植民地ではありませんでしたが、アルジェリアはフランスの直轄植民地で、アルジェリアはフランスの一部だったことです。パンフレットによれば、急激な入植などの結果、1954年時点で全フランス人の79%がアルジェリア生まれと言うことになっていたとのことです。劇中のセリフでも、「アルジェリアはフランスだ」といわれていますが、この両国の結びつきの強さが、アルジェリア人がフランス軍に多数在籍する状況を生み、その結果、個々の兵士の裏切りや部隊単位での造反を頻発させる要因になっています。ストーリー的にも、現地人の扱いが大きく揺れ動いています。

また、舞台が密林のジャングルではなく、乾いた丘陵と渓谷ですので、敵が全く見えないと言うことが基本的にありません。それでも主人公の属するフランス軍は、度重なる敵の奇襲攻撃に悩まされています。これは先述のアルジェリア人達がスパイとなって、フランス軍とゲリラ軍の両者に存在しうる環境から可能になっている戦いのありようです。

映画で見る限り、戦争の不条理さや残酷さなどは当り前に描かれていますが、非常にリアルな戦争とそこにいる兵士の映像の連続です。殆どドキュメンタリー映像のようです。もともと、自国の保持と言う主旨の戦争であるためか、『地獄の黙示録』などに描かれるような兵士の士気の極端な低さもなければ、『プラトーン』の友軍同士の悪意ある関係などもありません。どこまでも真面目な戦争映画です。

『地獄の黙示録』の中に、「ナパームの香りは勝利の香り」(だったと思いますが)と言う有名なセリフの表現が出てきますが、それは一体どんなだろうと思っていたら、この映画では、山の表面を逃げ登る敵をナパーム弾で焼き払うシーンが登場し、主人公がその焼きあとのクロ焦げの死体が転がる中を進んでいますが、爆撃前からハンカチを用意しろと皆で呼びかけあい、匂いへの対処が促されています。ペダル式発電機による電気ショックの拷問方法など、細部に至るまで凝りに凝ったリアルさです。

『プラトーン』のドラマ性も、ウィレム・デフォーが好きな私でさえ、どうも臭くてイマイチで、『地獄の黙示録』は演劇のようにしか見えません。では、リアルなこの作品は面白かったかと言えば、人がすれて行く様子をスケッチしただけに見えてなりません。戦争映画と呼ばれるジャンルで、そういえば好きな映画と言うのがあったろうかと考え込んでしまいました。出演者達が話す言葉が分らないため、興が削がれていることもあり、DVDは買わないと思います。