『おそいひと』

もう随分前のことですが、年明け早々だったかに、東中野で見てきました。

モノクロの世界で、身体障害者が包丁を持って無差別な殺人を繰り返すと言う、凄い映画です。

介護者のサポートを受けながら暮らす重度障害者の主人公の前に、新たな介護者として、平たく言ってしまうと、ぴちぴちの女子大生が現れ、主人公が今まで諦めていたか、考えもしないままに来た「フツーの恋愛」(それは、彼にとって、一緒にコンサートに行ったりする延長線上に、彼がAVで見ているようなセックスをすることが入っているわけですが…)を求め始めたところから、話が展開し始めます。

当たり前の人間として付き合ってくれる以前からの男性介護者を、嫉妬、独占欲から殺害することで、或る意味、普通の人としての自信を得て、女子大生に「一発やらせてください」とだけ書かれたファクスをして、彼女に見放される結果にあっさり至ります。そして、残った普通人としてできる行為の可能性は、殺人を「こなせる」ことになってしまったようで、主人公はその後、三人もの人間を包丁で刺殺します。犯行に隠蔽の工作もなく、あっさり彼は逮捕されて映画は終了します。

まず感じたことは、しまいこまれていた気持ちが外側に表出する時の「形」を、ここまで多数収めた映画も珍しいと言うことです。

実際には女子大生には主人公の知らぬ男友達が山ほどいるのですが、彼にとっては唯一の恋愛の障害であるもう一人の以前からの介護者を殺害したあとに、当たり前のように送り付ける先述のファクスの場面。「健常者に生まれたかったか?」と女子大生に尋ねられて、笑顔を浮かべながらボイスマシーンの人工の声で「コロスゾ」と応えるシーン。さらに、自分を確かめるために連続殺人に向かうのですが、部屋で刺殺のための筋トレに励むシーンなど(このシーンは、まるで『タクシードライバー』の一場面のようです。)。記憶に強く残るシーンが幾つも存在します。

ストーリーを振り返ってみて思うのは、自分も含めて、男の少なくとも一定割合以上は、好きな女性にどうアプローチしてよいか分からず、好きな女性が他の男性と会話したり、食事したり、場合によってはセックスしたりすることに、当然ですが、嫉妬し、焦燥します。その読めない相手がゴロゴロいる(若しくはそれしかいない)社会において、どうそれに向き合い、どう生きていくかを、どうやって人は学んでいくのだろうかとか、自分はどうして来たのだろうかとか、そんなことを長く考え込んでしまいました。行きつけの飲み屋のママから、「ジコチュー」だの、「女の気持ちをほんとに分からない男だねぇ」などといわれている私ですので、まあ、思い当たることの多い映画と言うか、何か自省の為の映画と言う気もします。

そのママからは、「身体障害者が包丁で人を刺して回る映画の何が面白いんだい。変な趣味だねぇ」とも言われました。しかし、身体障害の有無に関係なく、恋愛ベタの男性が、或る意味で典型的によくある状況に陥って、或る意味で純粋な解決方法を、前後左右を見極めることなく、追求することとなった経緯を描いた映画に私には見えます。パンフで主人公役の人物が書いていることにも通じますが、主人公を、社会で言うところの健常者に置き換え(さらに、多少のキャラ設定の変更を必要に応じて最低限し)たところで、全く問題なく成立する話でしょう。
※無論、だから、殺人に走るのも当たり前の行為だと言っているわけではありません。

映画館を出て、ふとポスターを見ると、パンフにさえかかれていない、この映画の英語タイトルが書かれていました。Late Bloomer です。「遅咲きの人」と、つい呟いて、「ああ、なるほどね」と頷いた次第です。DVDが出るかはかなり怪しい作品ですが、出たら、絶対買います。