『大コメ騒動』

2月に入って二度目の水曜日の午後。初めて訪れるビル、初めて訪れる映画館で観て来ました。場所は日比谷。日比谷公園を見下ろす東京ミッドタウン日比谷です。私はこの近隣にあるクライアントの東京本社に時々来ることが5年少々前までありましたが、その際には、四方が鋼鉄の壁で覆われていて、ずっと何かの工事が為されているとしか理解していませんでした。その後(有楽町界隈は山手線の外側に行くことはあっても)日比谷界隈にはあまり訪れることもなく、都心ではかなり大型のこの商業施設の完成を全く知りませんでした。

当然ですがこのビルの完成を知らなかった以上、この映画館の存在も初めてと思いつつ、映画館のサイトを見てみたら、「TOHOシネマズ 日比谷 / TOHOシネマズ シャンテ」のように館名が常に併記されている状態で、複数のビルにまたがった状態で、事実上の一つの映画館と言うスタイルのようでした。

さらによく見てみると、私も遥か以前訪れたことがあるように記憶する「日比谷シャンテ」は「TOHOシネマズ シャンテ」と改名して同じ場所に存在し続け、「TOHOシネマズ 日比谷」の方は、さらに、スクリーンの1~11が東京ミッドタウンの中にあり、12と13は以前からの東京宝塚劇場の中に存在しています。つまり、一応一つの映画館が隣接する三つの建物に分散して存在しているということのようなのです。他では見たことのないスタイルで、理屈上、どの映画館のどのスクリーンでの上映かを確認しなくては、行く先の建物が絞り込めないということのようです。複雑なしくみです。

封切から1ヶ月以上が経ち、上映館は都下で1館だけになってしまっています。以前は神田から歩ける映画館でもやっていたのですが、上映回数が少なく上映時間の都合が合わないままに日が経ったら、この日比谷の上映館だけになっていました。ここでは、ギリギリ1日2回の上映が為されています。

観に行くことにした動機のほぼ総ては、井上真央が主演であることです。彼女の大ヒット作であると言われる『花より男子』は全く知らず、娘と観た『ゲゲゲの鬼太郎』で「ん。この女優誰だろう」と意識するようになりました。DVDで見返してみて、井上真央の存在感がより強く感じられるようになりました。テレビドラマをDVDでレンタルして観た中では、『トッカン 特別国税徴収官』と『明日の約束』が私の知る限り、彼女の好演が支えている作品だと思っていますが、映画ではその後、『謝罪の王様』でもピンクのレオタード姿以外に印象に残るものはなく、『太平洋の奇跡…』でも悪くはありませんが目立たない脇役のままで、辛うじて『白ゆき姫殺人事件』が私にとっては久々のヒット…と言う感じです。その『白ゆき姫殺人事件』の感想では以下のように書いています。

「三月末にあったフィギュアスケート世界選手権で浅田真央の活躍がかなり取り沙汰され、行く先々で「真央ちゃん」、「真央ちゃん」と名前を聞きましたが、私にとっては、「真央ちゃん」は間違いなく井上真央で、浅田真央には全く関心が湧きません。

もともと、井上真央の存在をそれなりに意識し始めたのは、娘と観た『ゲゲゲの鬼太郎』です。かなり好印象でした。その後に長く観ることがない中、小田和正の曲のPVでのやたらに美しい花嫁姿やみずほ銀行のありとあらゆるポスターや宣伝動画に登場するのが、多少記憶に残るぐらいのことです。テレビもあまり見ないので、代表作と言われる『花より男子』も全然知りません。そして、久々で映画で観た『太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男~』でも、あまり存在感がないように思えました。そして、DVDで観た『八日目の蝉』はもともと熱烈ファンの永作博美狙いなので、井上真央は霞んでしまっています。

私にとって『ゲゲゲの鬼太郎』以来の井上真央の大ヒット作は、税務署がテーマで関心を持ったテレビドラマ『トッカン』です。一時期ハマってDVDで観た『勇者ヨシヒコ』シリーズで注目し始めた木南晴夏が出演しているのも嬉しい話でしたが、やはり、井上真央です。冴えないOL役がやたら印象として定着し、そのまま今回の『白ゆき姫殺人事件』につながる感じです。『トッカン』から『白ゆき姫殺人事件』を続けてみると、本当に井上真央の当たり役がこの手の女性であることが分かります。さらに、今まで観たこともない、(一応)ベッドシーンも付いている新バージョンと言う感じです。

私は横長丸顔(所謂タヌキ顔)が好きと、あちこちで公言していて、その点からすると、井上真央は必ずしも好きなタイプの顔ではありません。しかし、振り返ってみると、遥か以前、藤田朋子を同僚と“新幹線顔”と呼び、「暗い役やっている新幹線顔っていいよなぁ」としきりに言っていた記憶が、今回この作品を観てよびさまされました。井上真央はこの系譜なのだと気付きました。道理で同じ井上真央でも、『太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男~』の気合いの入った看護婦や、『謝罪の王様』の小五月蠅い帰国子女は、いまいち好きになれない訳です。

その井上真央が、登場する人物達の印象で語られるごとに違うタイプの人間として描かれるので、劇中で井上真央の役どころは、幾つもの人格として登場します。井上真央の演技力炸裂ですが、基本的に能天気に明るいキャラはいませんし、妙にちゃきちゃきしたキャラもいません。その意味では、全部の人格が「ネクラ」、「思い詰め」と言った枠の中に収まっています。非常に好感が持てます。」

さらに、『劇場版 コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』の感想では、新木優子見たさの部分について、2018年9月に以下のように書いています。

「もう一人、動く状態を観たい女優が居ました。新木優子です。最近DVDで観た『悪と仮面のルール』に出演していましたが、アップの顔が近い将来商売上の弟子になる予定の女性に似ていることを発見し、それまでは彼女を「浅田真央と井上真央を足して二で割ったような顔」と言っていたのを修正し、「ダブル真央を各々4割に新木優子を2割混ぜたような顔」と評することとなりました。『悪と仮面のルール』に比べて派手に動き回りしゃべりまわる新木優子が観たいと思ったのも動機の僅かな一部です。」

現在、この美人弟子はとても優秀で私の商売の後継事業者になることになって、ほとんど毎日顔を合わせていますが、見るたびに、「うん。ダブル真央を各々4割に新木優子を2割混ぜたような顔…。いや。ダブル真央各々3割に新木優子4割かな」などと考え至っています。そんな中、身近で観慣れつつある顔に似ている井上真央の(とりわけ)好演をスクリーンで再び観たくなったのです。

チラシやパンフにもある、咆哮を挙げる井上真央のアップの写真は、今までの彼女にない感じが全開ですが、それは決意を固め、米騒動の実質リーダーとなった際の話で、それまでのかなり長い間、富山のおかか達の中ではまだまだ若手で、おまけに字が読め読書が無上の喜びという異端な存在なので、日に焼け土埃に塗れた黒い顔を俯かせ、自分を押し殺している場面が多く、先述のネクラ・思い詰め型の井上真央キャラ全開の好演が光ります。

ルディー和子の『格差社会で金持ちこそ滅びる』の中には

「人間の目は「互いに協力しあう」ために、今のような目になっていると説があります。この説は、最初に日本の二人の研究者の提案から始まり、ドイツの進化人類学者たちが発展させました。
人間の目は他の霊長類の目とは大きく違っています。白目、色のついた虹彩、黒い瞳、この三つの色彩がコントラストをなしています。白目の大きさも他の霊長類に比べると数倍の大きさです。だから、視線がどこを向いているかがすぐにわかります。
(中略)
どこを見ているかによって、その人が何を考え何を感じているか、次に何をするつもりなのかも推測することができます。
(中略)
他の霊長類の場合、目を顔全体と区別することがむずかしいので、頭(顔)の動きで、どこを見ているのか判断するのです。
(中略)
進化人類学者たちは、人間が協力しあって何らかの作業をするのに役立ったからだろうと考えています。」

という一文があります。大正時代の照明が不十分な室内で、薄汚れた黒い顔で俯き、視線だけを上目づかいに相手に投げる井上真央の三日月状に際立つ白目を見ると、ルディー和子の紹介する進化人類学者の説にこの上なく頷けます。

106分の短い尺ながら、抑圧され(比較的)仲間内のおかかの幼い娘までがコメを盗もうとして落命するに至って、井上真央の若おかかは覚醒し、咆哮とともに米の強奪に突進し、砂浜で俵を運び去ろうとする男共に猛然と体当たりを仕掛けるのでした。井上真央の凄い絵が堪能できます。

シベリア出兵とコメの大凶作がぶつかり米騒動が起きたことぐらいを辛うじて歴史の知識として覚えていたぐらいでしたが、さすが、『超高速!参勤交代』・『超高速!参勤交代 リターンズ』を作った監督の手によると、飽きずに観られる仕上がりになっています。この監督は『ゲゲゲの鬼太郎』の監督でもあり、井上真央と砂かけ婆を怪演した室井滋の見せ方をよく心得ているのかもしれません。室井滋は今回も騒動の初代リーダーの不適で豪胆な妖怪のようなばあさんを演じていますが、映画全体の面白さを支えている大黒柱のような存在に感じられます。

14時10分開演のシアターに入ると、20人ぐらいの観客がいて、男性が7割を占めていたように見えました。全員年齢層がそれなりに高めで、平均値は50代の後半にあるように思えます。20代、30代に見える観客は一人もいませんでした。場所・時間帯と言った要因がこの偏りには大きいのかと思いました。

ウィキも読んでいず、米騒動が劇中でみる限り全くの流血もなく、一揆よりも寧ろ現代の政治活動系のデモ(あくまでも日本国内のもので、海外から最近報道映像として送られてくる、暴力闘争沙汰のものではありません)のようなレベルで本当に収まったのかもよく分かりません。しかし、庶民の窮状と現在どころではない広い格差の上にのさばった人々の日常の構図は、軽妙なテンポの物語の中にもしっかりと描かれていたように思います。好感の持てる作品で、事実上アクション女優的な面を見せつける井上真央をキープするためにも、DVDはゲットです。