『映像研には手を出すな!』

 9月25日公開から約1ヶ月半が経過しています。先月分の鑑賞作品に入れようかと思っていましたが、躊躇しているうちに、どんどん上映館数と上映回数が減少して行き、新宿では観られなくなってしまっていました。マイナーな映画作品二本観ることを優先して、先月のノルマ鑑賞からは結局外れてしまい、「まあ、DVDが出たらレンタルでもするか」ぐらいに考えていました。

 今月の劇場鑑賞ノルマ二本を決めようと思い立った時、最近名前を変更した元MovieWalker を開いてみると、サイトのデザインが大きく変更になっていて、単に私が慣れていないからということではなく、間違いなく(多分誰に聞いても間違いなく)ユーザビリティが激減したサイトに変わっていました。以前と同じように現在の上映作品を一望しつつその概要をチェックし、気になる作品は上映館の状況も調べるという作業をしようとすると、どう考えてもクリック数が50%増しになるという、ユーザビリティのとんでもない劣化でした。致し方なく、思いつく他の有名サイトに飛んで、現在上映中の作品群を調べてみたら、諦めていたこの『映像研には手を出すな!』がまだ上映されていることが分かったのです。それも、『空に住む』を新宿で観てから丁度良い頃合いの時間間隔を経て上映されていました。

 調べてみると、23区内たった1館の上映で、それも1日1回の上映でした。場所は池袋だったので、また池袋西口のミニシアター系かと思ってみたら全く違い、池袋のサンシャイン近くのまだ一度も行ったことのない映画館でした。名前の感じから、マルチプレックス的な大型の映画館を想像しました。行ってみると全く違い、ビル全体が映画館かと思いきや、ゲーセンなどが入ったビルのワンフロアの手狭感のある状態でした。

(後に、ワンフロアではなく、3フロアあることにネットで観て気づきました。各々のフロアが連続していず、B2階、6階、8階に分断されて存在しているのでした。私は6階で観て、帰りは階段で延々降りてきましたが、途中で他の2フロアを視認しなかったことも気づかなかった理由と思われます。)

 私はこの作品のコミックの第一巻を読んだことがあります。娘がこの作品のコアなファンで、コミックからアニメまでが守備領域でした。娘の勧めで第一巻を読んで物語の世界観を知りました。女子のメカ作画オタクやらスチームパンク系設定オタクが活躍する今までにない世界観が非常に斬新に感じられました。それはそれで面白いのですが、どうも絵のタッチが細かく(作画オタクや設定オタクの話なので当たり前なのですが)ギュッと詰め込まれている感じが読みにくく、第二巻以降に進むことはありませんでした。

 そんな時に、実写テレビドラマ化の噂を聞きましたが、娘に拠れば、「オタク女子を乃木坂の面々が演じるなんて…」とのことで、詰まる所、美しさを売っているアイドルが(敢えて言うなら水と油のような社会的位置関係にいる…ということなのではないかと私は意味を解釈していますが)オタク女子を演じるのがどうもしっくりこないという趣旨のようでした。それがどうも私も引っかかっていて、冒頭に述べたように鑑賞に少々躊躇を感じていたのです。

 確かに、劇中でもアイドル役の山下美月は除き、コテコテのキャラを演じる齋藤飛鳥と梅澤美波の画像をネットでズラリ見てみると、あまりにオタク女子系のエヅラからかけ離れています。先にこちらのイメージができていたら、間違いなくこの実写を私も忌避していたものと思います。

 ただ、23区内たった1館、1日1回の上映と知ると、行動経済学で言うスノップ効果なのかもしれませんが、俄然観てみたくなってきました。考えてみると、私がこうしたメディア・ミクス系の作品群に触れる際には、画(雑誌連載/コミック)かアニメか実写かのいずれかのみを結果的に選ぶことになります。現在大流行の『鬼滅の刃』もアニメを見る気が全く起きません。『週刊少年ジャンプ』でもう十分読んでいて、コミックを買うほどの魅力は感じなかったからです。たとえば、『進撃の巨人』も流行り始めた頃、まず画の何か雑なタッチに辟易して読まず、さらにアニメは何かちゃっちいように感じられてハマらず、実写映画作品の完結した世界観にはやたらにハマりました。

 この作品については、米国に行っている娘が録画しておいているようであるテレビアニメも観ていません。コミック一巻は読んでいますが、そこで止まっていて実質ちゃんと堪能していない状態です。これなら、実写映画を観て好きになることもあるかもと(これも行動経済学的に言う認知的不協和の解消かもしれませんが)思い立ち、まずは『あさひなぐ』をDVDで観ました。この『あさひなぐ』の監督は『映像研には手を出すな!』も手掛けています。乃木坂云々の面々が実写の物語を演じるとどの程度アイドル性が隠せるのかを確かめておくために今一度『あさひなぐ』を観たのです。

 以前に観た際にも、クライマックスの試合のシーンを二度見したり、私が大好きな江口のりこの登場シーンを再生したりして楽しんだ記憶があります。私の選ぶ邦画50選に入るほどではありませんが、かなり好感が持てる映画であるのは間違いありません。「なら、なんとかなるか」と出掛けることにしました。

 シアターに入ると、観客は20人ほどでした。たった一人の例外を除いて全員男性客。若者は全員(私の世代で言う)「ナップサック」を背負ったオタク系全開の人々でした。一人、学生服姿の坊主頭の高校生もいました。年齢が上の方の層は外見がまちまちで、スーツ姿も2人ほどいました。基本的に乃木坂云々のファンなのではないかと思われます。たった一人の女性客は、ブレザー姿のJKで、学校には行かず観に来ているということのようでした。

 冒頭の世紀末感さえ漂うような土砂降りの雨が吹き込む校舎入口の茶番劇的導入は、(テレビでもこのような展開をしているのかもしれませんが)所謂「コレジャナイ感」をふつふつと私の心中に湧きあがらせました。特に大・生徒会のメンツの大仰さはウザイぐらいにわざとらしく、最後まで違和感が消えませんでした。或る意味、ギャグに徹することのできないバージョンを作った実写『ニセコイ』のような感じで、特に私がどうも大根臭くしか認識することができない小西桜子が生徒会長を務めている段階で、結構耐えられないものになっていました。テレビ実写版はどうなっているのか分かりませんが、(第二巻以降を読んでいないので全く分かりませんが)原作でこのようなテイストになっているようにはあまり思えない展開でした。

 私が大好きな山本直樹の名作『ファンシー』でも、あの愛すべき大根役者サトエリでさえ、ちゃんとハマっていたのに、小西桜子は一人世界観をぶち壊していました。『初恋』でもキャラが全くよく分からないただいるだけの存在でしかないように見えました。これらの二作では台詞もそれほどないのに、その状況だった訳です。今度は散々喋ってしまう役どころなので、かなりきつい状態でした。

 ところが、中盤から物語の魅力が前面に押し出されてきて風向きが変わってきます。主人公の三人の結束と各々の持ち味を活かして各々が抱える問題を三人全体の問題として解消していく姿が、端的に言って、入り込めるのです。確かに娘の危惧した通り、設定オタク役の齋藤飛鳥はインタビューに応えて「絶対に私以外に適任がいる」と言っていたという話ですが、全くその通りでした。かなりコミュ障感を出すことに真剣に向き合っているのが分かりますが、見ていて結構辛い所があります。追い詰められた際に出る、「てやんでぇ」のべらんめぇ調も、何か板についていず、(普段の姿を全然知らないので分かりませんが、多分)齋藤飛鳥でも役柄の浅草氏でもない中途半端な中間の誰かになってしまっているように思えます。

 山下美月も普段を全く知りませんが、まあ、アイドルが裏では作画オタクでした…という役回りをそれなりにきちんと演じていて、「そうだね」と頷けるレベルでしたが、逆に言えば、その程度でしかありません。白眉なのは梅澤美波です。勿論、彼女のことも私は普段全く知りません。映画のポスターや静止画の彼女を見ても他の二人と同様のなりきり感しか持てませんでした。つまり、原作の画像に似せた乃木坂のアイドルの人達…と言った感じです。

 梅澤美波が演じる金森さやかはカネに厳しい現実主義者で、残る二人のオタク・クリエイター達に対してプロデューサー的役割を果たしています。原作では、常に不機嫌そうな顔で下唇が直線で上唇が弧を描いている状態の変形「への字口」です。そばかす顔ででっぱり引っ込みもほとんどない棒状長身体形で、関心がどうも持てないキャラでした。絵として描かれる女子としての魅力だけなら断然残り二人の方が好感が持てます。

 ところが、『with』の専属モデルの梅澤美波が演じると現実味がドンと増し、ダサくしていてもルックスは平均以上でバリバリ動き回り問題を片っ端から解決して回る魅力的な「金森さやか」が生まれるのでした。商売柄、私は中小零細企業で「できない」とか「無理」と言われることを何とか実現するような話に関わることが多く、本質的には金森さやかの立ち位置に非常に共感できます。クリエイターの拘りが利益を損なうどころか作品自体を壊してしまうことも実経験が何度もあります。なので、金森さやかには拍手喝采のはずだったのですが、原作でもその本領は第一巻ではまだまだ発揮されていず、その魅力を私は知らない状態で映画を観ることになっていました。

 そして、梅澤美波のルックスと長身から繰り出される迫力の演技、そして、数々の策略謀略を駆使して目的を達成しようとする貪欲さが実体化した金森さやかの姿は、或る種、『下町ロケット』とか『空飛ぶタイヤ』などのような零細企業カタルシス系物語と十分比肩する盛り上がりを創り出しています。クリエイターの過剰な拘りや非常識をハリセンでバシバシ叩き潰していく姿も、拍手喝采ものです。中盤から終盤にかけて、そのような面白さが全開です。

 原作では分かりにくかった主人公達が思い描くファンタジーの世界も実写ではきちんと描かれて、こういうことだったのかと素人のおっさんにもちゃんとわかるのも魅力ですし、細かなメカ設定なども実写で見ると意図がよく分かりました。しかし、それらの良さは私には副次的なものに留まるほど、実写金森さやかのスーパーヒロインぶりには圧倒されました。

 この段に至っても、私は乃木坂云々のファンにはならないと思いますし、梅澤美波の写真集を買うなどもしないと思います。一方で、原作を全巻読み通してみたいとも思えませんし、アニメをDVDで全巻見ようとも全く思えません。しかし、この映画作品のベースとなっている実写ドラマはいつか全話観てみたいかなと思えました。DVDは絶対に買いです。

追記:
 アラカンのおっさんには、あまり現実にみることがなかったJK同士が「〇〇氏」と呼び合う世界観も実写で見るとなかなか楽しめました。娘の高校時代の渾名とも何とも微妙な呼び名が「カワシー」でしたが、(その渾名が「〇〇氏」の延長線上にあることを聞いてはいましたが、)この映画を観てすんなり頷けました。私の高校時代の「イチマー」からは隔世の感があります。