121 困難な結索

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経営コラム SOLID AS FAITH 第121号
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ご愛読ありがとうございます。第121話をお届けします。

2月になりました。北海道では冬本番で雪祭りが行なわれ、東京では梅が咲
き始める、私にとっては季節感が交錯する年に一度のおかしなシーズンです。
皆様は如何お過ごしでしょうか。

或る歌手の曲をテーマに2002年6月10日に発行した『経営コラム SOLID AS
FAITH 増刊第四号 癒しのまじない』を覚えている方はいらっしゃいますで
しょうか。その曲がベスト盤の発売と共に、街で流れるようになりました。私
は別に不買運動をしたい訳でもなく、むしろ、妙に気になるが故に好きにさえ
なって来ています。ただ、その妙に気になる理由を皆さんにも知って戴きたく、
今回は突然ですが、大増量で、増刊第四号を復刻追加致します。内容は今でも
頷いて頂けるものであると思います。お楽しみ下さい。

今回の121号は私のクライアントの書店経営者との会話です。二つともに、
日常の中の認識と言う切口で合わせてお楽しみ戴けましたら幸いです。ご意
見・ご感想お待ちしております。頂戴したご感想などへのお返事の目標納期は
5営業日!!
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その121:困難な結索

最近、町の本屋の大仰に言うとCRMに挑むこととなった。社名には「書店」
とついていても、「本屋」の方がイメージにぴったりの佇まいである。店主は、
ここ十数年に渡って売上・利益ともに縮小の一途であると言う。お客さんが間
違いなく減っていると言う。

自宅から徒歩5分のその店の品揃えを私は知っている。「このお店では、ど
んなお客さんが買うんですか」と尋ねてみる。「そうですね。ここは一応、所
得の高い層が住んでいる地域に程近いので、そう言う人達ですかね。女性が多
いんですが、子連れの人もいれば、独身のような人もいますし。勿論、男性も
いますよ。雑誌とかを買って行きますからね。そうそう、看護学校もあります
から、そこの生徒さんとか。あ?、しかし、時期にも因りますが、参考書を買
う中学生も無視できませんね」と延々続く。

「じゃあ、どんなお客さんが買うと想定しているんですか」と聞き直してみる。
「いやあ、本屋って言うのは、誰が来ても楽しめるようにすると言うことだと
思うんですよ。だから、みんなが買ってくれると想定せざるを得ませんよね」
と、困惑して店主は答える。

「じゃあ、聞きますが、みんなに来て欲しいのに、なぜ、料理・園芸・手芸・
ダイエットなんかの本が多いんでしょう。併設の文具売場には、なぜ、子供向
けの文房具が多いんでしょう。なぜ、店長自ら原稿を書くPR誌のお奨めの本
は、みな似たようなジャンルなんでしょう。その理由を教えてもらえますか」
と尋ねてみる。

店主は一頻り考えてこう言った。「すると、市川さんは、私が無意識の内に、
特定のお客さんを想定していると言いたいのですね。でも、毎日の作業なんて、
本当に無意識にしているんですよ。そう、靴紐を結ぶぐらいのもんですよ。毎
日、やらなきゃならないことは山程あるんですから」と店主は足元に視線を落
す。

玄関で毎日、同じように靴紐を結んでいるのに、十数年経って、紐が解ける
回数が増えていることにとうとう気づいてしまった。何が変わったのかを調べ
ようと思えば、当然、靴紐縛りを意識しなくてはならない。いざ考えると、靴
紐の縛り方は図示さえ難しい。

「店長、面白い喩えですね。私は最近歯医者に通ってブラッシングの指導を受
けているんです。行くたびに、耳朶がぶら下がるようなピアスをした、年端も
行かない衛生士さんから、『だめですね』と何度も怒られてるんですよ。『歯
磨きを意識してやってください。ブラシの毛先がどこにどんな風に当たってる
か考えなきゃだめ』なんだそうです。毎日、やらなきゃいけないことだらけだ
し、そんなことを意識しても、取り敢えず、一文の得にもなりません。今まで、
40年近くも歯磨きして、一応、大きな問題なんかなかった訳ですからね。で
も、それじゃあ、ダメなんだそうですよ」と言って、私は歯を見せて笑った。
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☆当コラムはプリントアウトしてお読みいただくと、より一層楽しめます。
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復刻再掲 増刊第四号 『癒しのまじない』

巻頭の挨拶で申しましたが、本文中でメインテーマとして扱われる曲が、ベ
スト盤の発売と共に再び店頭で流れるようになりました。私の耳に残り、つい
考え込んでしまう意味深なフレーズを巷間で私同様に楽しんで頂きたく、2002
年6月10日発行の増刊第四号『癒しのまじない』を復刻再掲してみることと致
しました。曲を聞くことがない方でも、世情から、考え楽しんで頂ける内容だ
と考えます。お楽しみ下さい。

『癒しのまじない』

正月休み明けに友人が言う。「休み中、久々にテレビの歌番組と言う奴を見て
いたけど、何か奇妙に感じることがあるんだ」。40代もうすぐ半ばの彼が言う
には、ディステニーやリスペクト、ビリーブなど、英単語の形は借りていても、
何やら道徳の授業で聞くような言葉が臆面もなくタイトルや歌詞の中に登場す
るというのだ。30代後半の私にしても、若い頃に聞き覚えた歌詞の内容は、ど
ちらかと言うと色恋沙汰が多かったように思える。そして確かに、ある種「プ
ラシボ効果」かも知れないが彼の指摘は外れてはいないように思える。

旧約聖書を読むと、昔の街は退廃している。ソドムとゴモラのように、その退
廃ぶりが神の怒りに触れ、街ごと消滅させられるほどである。時代公証はおい
ておいて、映画『十戒』のポスターには、白髭のモーゼが石版に刻まれた十戒
を振り上げている姿がある。あれだけ全身全霊を込めて石に刻み付けてまで銘
記しなくてはいけないことが、「盗むな」だの「嘘をつくな」など、小学生の
道徳の項目のようである。命を賭してエジプトを出て、人々に教え込まねばな
らなかったことがこの有様である。当時の人々は嘘をつき、姦淫をし、おまけ
に人の命を奪うのが当り前の、余程酷い輩だったのであろう。

何年経とうと、何千年経とうと、どこまで行っても人は己の欲求に振り回され
つつ生きる生物であると私は思っている。大草原の肉食獣と違い、満ち足りて
なお殺戮を止めることがない。だから、人々が口にする言葉の多くはその時々
に満たされない対象や、あるべきではないと戒める行為についてのものとなっ
て行くのではないかと思っている。そのように考えると、友人の指摘するディ
ステニーやリスペクトなどの言葉の頻出はどのように考えるべきなのか。そう
こう考えるうちに、恐るべきタイトルの曲を発見した。『気持ちはつたわる』
である。最早、英単語で雰囲気に意味をぼかして逃げることもしない。解釈や
疑問の余地を一切排除した断言である。タイトルのみならず、リフレインにも
含まれているため、何度となくこのフレーズが登場する。

インターネットやテレビゲームの普及を待たずして、核家族化や小型で安価な
家電AV製品の普及で家族が各々の部屋に篭るようになり、20年前に勤めてい
た電話会社では、「家族のコミュニケーションのお役に立つ」と言う親子電話
が、実は家族を同じ家の階ごとに、部屋ごとに分断していった。そして、当時
発売された独居老人等を対象とした電話機のネーミングが『あんしん』である。
私が敬愛して止まないコラムニスト、深代惇郎も指摘した何か乾いた恐ろしさ
を、私もこの名前に感じる。

ある私鉄に乗っていると、斜め前の10代後半の女性の携帯電話が鳴った。相手
は親なのか誰なのか分からないが、「ああ」だの「うん」だのの言葉を重ね、
「切るね」の一言で通話は終わった。「会話」未満の「通話」としか言いよう
がない。はずしていたイヤホンをおもむろに耳に装着し、彼女はトートバッグ
の中でもぞもぞとスイッチを押す。シャリシャリと聞こえて来たのは、『気持
ちはつたわる』である。おまけに彼女は小声で呟くように歌を口ずさんでいる。

都市部では登校拒否児童が増えたと言う。夕方になると下校後の子供達がどこ
からともなく出没して群れ遊ぶ環境は、確かに激減しているようだ。東南アジ
アの国々の「ルック・イースト」政策で、まねをしたいと言われる日本の町内
会の担い手は、十年ほど前からたいてい体も満足に動かないような老人で、下
部組織の子供会などは当の昔に存在しなくなったと実家の母が言う。一昨年の
超ヒットアニメのエヴァンゲリオンでは、親しくなると傷つけ合うことになる
のが嫌で、人と付き合えない状態を指してわざわざ「ヤマアラシのジレンマ」
と解説が入る。電車で見た彼女はどのような環境で育ったのか知るべくもない
が、電話の満足な会話もなく、電車では自分だけの音の空間を構築して、「気
持ちはつたわる」と唱えられた言葉は、まるで何かのまじないのようである。
悠久の昔、石に刻んで己の現実を否定したように、歌で終始反復すれば言葉を
経ない気持ちの伝播は可能になるのだろうか。

ある経営者に会って話をした。彼が言う。「いやね。知り合いの経営者の薦め
でね、最近評判の経営者セミナーに行って来たの。そこそこ人がいてね、内容
もまあまあの経済概況とか経営環境の話とかなんだけどね。驚いたのはさ、そ
の先生が講演後に会場の出口で待っている訳よ。それで、帰り際の人達と握手
したりしながら挨拶する訳な。その挨拶で何て言うと思う」。私は「『本日は
来場ありがとうございました』なんて言う月並みな挨拶じゃ、社長は驚く訳な
いですもんね」と考え込む。

「そこなんだな。その先生は俺の会社のこととか何も知らないんだよ。でもね、
暖かい大きな手で握手して、『大丈夫ですよ』と言うのさ。おまえ、コミュニ
ケーション屋さんだろ。参考なるだろう。勉強料くれよ」とタネを明かす。経
営上の何かの課題や悩みを抱える経営者が集るセミナー。そこで、講師が来場
者に伝える言葉、「大丈夫ですよ」。PLを見ずに、会社を訪問せずに、拙き
私は来場の経営者にこのように言う勇気はない。

人材紹介の実務担当者として会った中高年人材は、私の質問に尽くしどろもど
ろの状態で、アウトプレースメント会社に通って面接の練習をしていると言う
のに、根拠なくニコニコしながらおかしな応答を積み重ねる。それが彼一人で
はない。面接が終わって、「それでは、今の所、紹介できる案件が弊社にあり
ませんので、見つかりましたらまた連絡します」と告げると、彼らは一様に
「今日は長い時間をかけてお話を聞いて貰えただけで嬉しかったです。『いつ
か仕事は見つかる』と思っていれば何とかなると思います。やっぱり、思い続
けることが大切ですよね」などと明るく去って行く。

私が出入りしている会社に、「営業には自信があります」と大手企業を早期希
望退職した人が入社した。その中小企業の営業出身の社長が、「どんどん動か
ないと、数字が付いて来ませんよ」と何度警告しても、午前中は殆ど電話をか
けるだけで過ごし、一日に1件か2件のアポをこなしていた。1ヶ月後、社長が
低すぎると感じていた数字目標のハードルもクリアできず、退職に至った。在
職時に、彼は私に「真面目にやっていれば数字は上がると思うんです」と言っ
ていた。彼の「真面目」の定義は、もしかすると、「品行方正に毎日を過ごす」
と言うことだったのではないかと思える。

「仕事は見つかる」と念ずると仕事は見つかり、「契約は取れる」と暗誦する
と契約が取れるのだろうか。何かの宗教が流行しているのではないかと思えて
ならないことがある。ニュースに出てくる破綻した企業の経営者の弁で、「資
金は借りられると思っていたのに、銀行が『だめ』を出して」などと言うのも
あった。念じないよりは念じた方が良いだろう。忘れるよりは忘れない方が良
いだろう。

「気持ちが楽になるのと現実が変わることは、全く別のことだからさぁ」とこ
んな話をする私を、「夢のない奴だなぁ」と呼ぶ友人がいる。夢がなくても破
滅・破綻を回避できた方が良いと思うのは異常なことであろうか。
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次号予告: 第122号 四季の早送り (2月25日発行)
ここ数年の間に、仕事でお付き合い頂いた目上の方々から、「老成している」
と言われますので、「老成」について考えてみました。人材観の一つのあり方
として、お楽しみ戴けるかもしれません。ご期待下さい。(完)