『ダンスウィズミー』

 8月中旬の(『イソップの思うツボ』と同日の)封切から3週間余り。一応上映館は関東エリアで100館、23区内だけでも16館がギリギリ維持されている月曜日の早朝に新宿ピカデリーで観て来ました。上映館が急減することはないものの、急激に上映回数は減少し始めて2週間以上が経過しています。新宿ではピカデリーとバルト9ですが、当日既に前者で1日2回、後者では1日1回の上映になっています。23区内の幾つかの映画館では既に上映終了が数日以内と公表されているケースもあります。

 プロモーションの力の入れ具合や、『ウォーターボーイズ』、『スウィングガールズ』、『ハッピーフライト』などの作品で固定ファンが多い監督と私は認識していたので、かなりの混雑を想定して、鑑賞を後回しにしていたのですが、あっという間に上映回数が激減して行きました。私は男の裸を見るのが好きではないので、『ウォーターボーイズ』の良さは分からず、飛行機に頻繁に乗る身としては内容が到底冗談では済ませられない『ハッピーフライト』には好感が全く持てません。

 ただ、娘と見て、興奮した『スウィングガールズ』は、とても楽しめた名作と言う風に認識しています。また、『アドレナリンドライブ』も『ロボジー』も佳作とは認識していますが、前者は石田ひかりがミスキャストに思え、後者は今なら完全にコンプライアンス違反で会社ごと潰されるような不正を公然と支持する立場にイマイチ好感が持てませんでした。ですので、私はこの監督のファンではありません。

 ネットの話によると、この監督は後にブレイクする役者や俳優を無名時代から発掘することに長けているとのことで、確かに今回も少なくとも主役とさらにその両脇を固める女優陣二人を私は全く知りませんでした。主役はBABYMETALの輩出などで知られるさくら学院の卒業生で、歌って踊れるモデルと言うことのようですが、全く知りません。残り二人も、その筋では知られた物まね芸人と歌手と言う話ですが、全く知りませんでした。それなりに知っている人は知っているのでしょうが、少なくとも彼らだけの人気で、観客を誘引することには成功していないようです。東京を未明に台風が直撃し、多くの電車が事前に早朝の運転を見合わせたその日、8時50分の回に歩いて行くと、シアターには私も含めてたった二人しか観客がいませんでした。(チケット販売機の表示ではもう一人観客がいたようですが、現れなかったようです。)もう一人は30代前半ぐらいの端正な外観の男性でした。

 この作品を私は絶対に観ようと心に決めていました。観客動員が落ち着くのを様子見をしているうちに、あっという間に上映回数が激減して行ったことに驚き、慌てて嫌な早朝時間枠でも仕方なく観に行くことにしたものです。この作品を観なくてはいけないと固く思っていた理由は二つあります。一つは、ミュージカルの不自然さを描いたミュージカルであることです。タモリもよく「今まで普通に話していた人間がいきなり歌い出す不自然さはおかしい」とミュージカルが嫌いである理由を述べていますが、私も全く同様に感じる人間です。劇でも映画でもミュージカルが不自然に思えて好きになれません。そんなことをしている暇があったら、普通の演技のままで早く物語を進めて欲しいように思えます。

 芝居の方は、子供の頃に幾つか見ましたが、それっきりです。映画の方は観たいと思える物語や設定の作品であっても、それがミュージカルであったら避けるようにしています。『嫌われ松子の一生』も『ラ・ラ・ランド』も名作とは知っていますが、この理由から観ないでいます。普通に会話している中で、突然歌い出したり踊り出したりする人間がいたら、異常者で病院に押し込んだ方が良いと思うのが普通です。そして、主人公も映画の序盤でバスの中で興奮してそう公然と断言しています。ところが、そんな主人公が、音楽を聴くと歌い踊らねば済まない状態になってしまって、職場どころか日常での生活にも支障をきたすようになる様子を描くのがこの作品の主題なのです。この点は非常に重要で、監督も映画PR番組やインタビューでいつもこれを語っていました。非常に共感できます。

 もう一つの理由は、私が日本の実践催眠術の第一人者である吉田かずお先生に知り合ってからのここ5年余り、趣味でちょっと研究している催眠技術をモロに扱っている映画であるということです。催眠の技術が扱われている映画はたくさんありますが、大抵は犯罪がらみのものばかりです。特に催眠によって殺人を引き起こす話は非常に多く、有名どころでは、テレビ・シリーズで大ヒットした『ケイゾク』や、コミックでも売れているらしい『不能犯』など枚挙に暇がありません。殺しが関わらなくても、『トランス』や『グランド・イリュージョン』など強盗・窃盗など犯罪のオンパレードです。それに対して、この作品は数少ない(一応)まともな催眠技術の用法についての作品になっています。それも、演芸催眠では比較的最近有名な十文字幻斎氏が催眠術指導に当たっているので、相応のリアル感を伴っています。ということで、観なくてはならない作品だったのです。

 観客動員的に言うと、全くの不発臭いこの作品ですが、映画のレビューはベタ褒めのものが多く、「今までにないミュージカル」や「コメディー要素以外に、ロードムービーや、ヒューマンドラマの要素を上手くミックスした作品」などの評価があるようです。確かに、今までにないミュージカルで、「社会的異常者のものとしてのミュージカル行動」を十分に描いています。私もその点では画期的な作品だと確信します。特に会社の会議中に踊り出したり、レストランの他の客の誕生日祝いの音楽で我先に歌い出したりしていては、正気の沙汰ではありません。スマホの着信音でさえ踊り出したりするのです。確かに日常生活を平穏に進めることはできないでしょう。現実に、レストランでは食器やシャンデリアの破壊にまで被害が広がり、膨大な額の債務を抱えて、主人公は家財道具一式を売り払う羽目に陥っています。アンチ・ミュージカルの私としては、溜飲の下がる思いです。

 ただ、この映画の何かパッとしない印象を与える部分は、レビューによく現れるもう一つの論点の多様な要素を盛り込んだ点です。偶然、催眠術にかかってしまって、音楽を聴くと自動的に歌い踊り出してしまう状態になった主人公が、その催眠を解いて貰うべく、借金取りからの雲隠れも兼ねて地方巡業に出た催眠術師を追いかける話の展開になっていますが、如何せん、ロードムービーが長く、ダラつくのです。おまけに、登場人物もロードムービーの途中でどんどん増える一方で、一人ひとりの登場の必然性がかなり薄くなってきます。

 また、前述のような状態なので、主人公はカネに困っていて、クルマ移動のガソリン代にも事欠く状態ですが、その折々で微妙なカネの工面を行ないつつ珍道中を続けます。その収支がどうも見ていてよく分からないのです。別に簿記の練習サンプルではないので、どうでも良いのですが、ならば、どうせファンタジーなのですから、カネの都合を執拗に物語に絡ませてくるのを止めて欲しいように思えました。車が破損し修理を行なって、修理代を請求されて困窮する場面もありますが、実際には、それ以外にも、フェリー代や高速代、彼らの食事代その他、諸々の費用がたくさん掛かっていることでしょう。その辺を語らないのなら、修理代について殊更に物語の構成要素として取り上げるのがおかしく感じられます。

 ロードムービーの部分は、劇中の後ろ約4割少々です。全体でも103分しかない尺の中で、みちのく行きの「ロード」に出てからの出来事が盛りだくさんで、その間に登場する人々がやたらに多いのです。おまけに「ロード」に出てからも、よくできたダンス・シーンにかなり尺が割かれています。話がとっ散らかって仕方がありません。主人公には1週間以内に(実際には、催眠術師を探さなくてはならないという段階に至るまでに数日が過ぎているので、もっと限られていますが)ことを為さなければならない立場です。ならば別に23区内ぐらいのエリアを、催眠術師の居場所を探して、刑事ドラマの聞き込みのようなことをしても十分に成立したでしょうし、その方が話を絞れて濃厚な面白さが出たように思えます。田舎よりも都会の方が周囲の人が多いですし、多種多様な音楽が流れる可能性が高いので、音楽に合わせて歌い踊る奇行の異常性もより際立ったことと思います。

 さらに、腹立たしいのは、この歌い踊る奇行が、主人公の強みにさえなりかけていることです。前述のような家財道具を売り払う憂き目に遭ったりはするものの、メリットもかなりあるのです。会社の重要な会議の場で突如歌い踊った時には、その印象の強さから企画が結果的に通ったと言われています。路上の歌い手と合流して、路銀の荒稼ぎを行なっています。地元の半グレ的ラッパー集団のバトルに巻き込まれた時にも、身を救うどころか、超好意的に受け止められています。おまけに、最終的に主人公は、歌って踊るスタジオをチマチマやって行こうとしている「ロード」友達に合流して、有名大手企業のバリキャリOLの道を捨て、歌い踊るレッスン指導の道に進んで行くのです。これなら、催眠を必死に解く必要さえなかったかもしれません。

 加えて、もう一点、この物語に失望させられる点があります。それは旧態依然の夢追い物語や自分探し物語に堕してしまったフシがあることです。親も姉も、雇った私立探偵も、皆が羨むような超大手企業に主人公は勤めています。そして、他のチャラいOL仲間が憧れるデキる若手管理者の率いる部署への栄転のチャンスを掴みますが、彼女はこの「歌い踊る奇行」を治すために、1週間の猶予をもらいます。無事ギリギリのタイミングで問題を解決し、それをロード仲間の夢追い人も、私立探偵も、「頑張れよ」と見送ってくれて、彼女は一旦会社に出社するのです。しかし、主人公は、その道を捨て、当該フロアで開いたエレベータの扉を閉じて会社を後にするのでした。(その後、今流行の退職代行ででも退職処理を進めたのではないかと思われます。)

「大手企業の仕事環境が人間疎外以外の何物でもなく、そこでは人間らしく生きられない」という全く現実離れした価値観に物語がガッツリ囚われてしまっています。劇中の主人公の想定年齢は、25、6と言ったところだと思います。大手企業の花形部署に異動が決まったなら、そこで、各種のノウハウやら人脈やらを身に付ければよいだけのことでしょう。殺人的な働かせ方もここ最近の「働き方改革」の結果、大分鳴りを潜めるようになりました。特に女性に対しては、その扱いに慎重になっている大手企業は多いことでしょう。劇中でも主人公は平気で仕事を家に持ち帰って週末にしていますが、かなり問題のあるシチュエーションです。『ロボジー』のコンプライアンス完全無視の監督ですから、これぐらい問題ないのでしょう。

 しかし、どう考えても常識的なキャリアの選択肢は、今なら当たり前の副業でスタジオ経営に参加することです。栄転先はウェブ・マーケティング系の部署だったようですから、スタジオ経営にも滅茶苦茶に役に立つスキルや人脈を手に入れられるはずです。全く馬鹿げた判断をするおつむの弱い主人公に見えます。その時代錯誤の偏見的な企業組織人観を全開にした設定の主人公を魅力的に演じるには、この女優さんは力不足に見えます。常時むっつりしている中で、平常時と奇行時を演じ分ける部分に、面白さが表現できるはずなのですが、パンフでもそう言った場面で二桁のリテイクをしたなどと書かれていて、「歌って踊れるモデル」さんには、奇行性を際立たせるための素晴らしいミュージカル・シーンは楽勝であるように見えますが、細かな演技面が重荷だったように窺えます。

 これらの点に比べて、催眠技術を犯罪に使わない映画作品としては、たくさんの見所があります。ただ、私の師匠の吉田かずお先生が、演芸催眠からヒプノセラピーによる心の問題解決まで手掛けるオール・ラウンダーであるのに対して、あくまでも、「掛かる人もいれば掛からない人もいる」という想定の演芸専用の催眠術は、掛からなかった場合、「こういう人もいるんです」で済ませられて、安易さが非常に際立っていました。「催眠には誰でも掛かる。掛からない人が出るのは、掛ける側の催眠術師が下手なだけだ」というのが前提条件の吉田先生の考え方だと、結構、この劇中の催眠術師も苦労するだろうなぁと思えて、嘆息させられました。

 ミュージカル的奇行を真っ向から描き、その原因に催眠術をドーンと据えた所は、非常に貴重なので、DVDは辛うじて買いです。

追記:
 私が留学していた米国の州では、多分、半分以上の人が with という単語を(カタカナで無理矢理表現すると)「ウィス」と発音します。同様に、 often も(これまたカタカナで無理矢理表現すると)「オフトゥン」と発音する人が、2、3割は存在するように思います。発音が単に楽だという理由と、「そっち派」が結構存在するという理由から、私も普段から「ウィス」と発音していて、全く「ウィズ」とは言いません。
 鑑賞後にパンフを買いにカウンターに行って、タイトルを告げたら、スタッフから「タイトルを言おうとして変に緊張しているオヤジ」的な目線を投げられたのが、少々癪でした。