『ありえなさ過ぎる女 ~被告人よしえ~』

 池袋の初めていく映画館で観て来ました。封切は今月の第一土曜でまだ三日目の月曜日段階でした。こんなに封切から間もなく観に行くのはかなり久々です。上映館は全国でたった4館しかなく、関東では23区内にこの池袋の館と板橋の館の二つです。

 この映画を観に行くことにした動機は、安易に観に行きたい作品を選ぶとどうしても、どこでも上映される大作に鑑賞作品が偏ってしまうので、それを分散させるためと言うのが、第一義です。先月の段階では『女々演』と言う演劇部の女子高生のブラック系青春コメディーを同様の動機で観に行こうとしていましたが、都合が合わず、見逃してしまいました。その『女々演』を上映していた数少ない館がこの池袋の映画館で、ブラウザのタブが偶然開きっ放しになっていたせいで、更新されたこの館の情報を見ることになったのがきっかけです。

『女々演』は、最近DVDで見た『サクラダリセット』の中でそれなりに存在感があった玉城ティナが出ているので、観てみたいと思う積極的な理由が一応ありました。(しかし、本日時点で、悲しいことに、その玉城ティナのウィキを見ても、『女々演』の存在が全く言及されていません。)それを逃してしまい少々残念ですが、まあ、吉本の笑える映画を観に行くのも悪くないかと思い立った結果です。

 あとは、準主役級の元AKBのおねえちゃんが、AV女優で言うと阿部乃みくと紗倉まなと誰かを足して三で割った感じに私には見え、似合っているショートカットと目ヂカラが印象的だったので見てみようかとチラリと思った程度です。

 1日2回の上映で午後6時50分の回です。時間帯的に会社帰りの客も十分取り込めるはずですが、そのような客層はほとんど見当たりませんでした。ほぼ全員私よりも年上なぐらいの感じに見えました。客数は20人程度。そのうち女性はほんの数人で、うち一人は男性との高齢カップル客です。男性もスーツ姿の客は皆無で、引退したのか何かは別にして、日常的に働いている感じがしない高齢の客ばかりでした。

 池袋駅のメトロポリタン口を出て、隣接する商業施設を通過して、映画館のある建物に辿り着きます。改札を出て比較的すぐの所に上映作品のポスター掲示枠が3作品分ありますが、そのうち2作品分が使われていて、1枠が空きになっている状態なのに、この作品のポスターは掲示されていませんでした。相応に継子扱いであることが感じられます。

 おまけに、パンフもない映画でした。マイナーな作品ばかりを上映する映画館なのに、売店では遠目にどの作品のパンフが販売中か書いていず、近寄って行ってカウンターでパンフを求めると、それなりに分かっている感のある男性スタッフが「はい。少々お待ちください」と一旦言って作業をしようとした後に、「お客様。この作品はパンフが出されていない作品でした」と言ってきました。オペレーション的にも色々と見直しの余地があるように感じます。

 考えてみると、映画館の物理的な位置づけも奇妙と言えば奇妙です。数年前に一度打ち合わせのためにこのフロアの大型カフェに来たことがありましたが、もともとかなり広いフロアの飲食店街の角の目立たない場所に映画館と野村證券の店舗が入っているという非常に珍しい店舗構成になっていることに初めて気づきました。他にラウンドワン的なアミューズメントや何かの店舗やコーナーがあり、飲食店街からアミューズメント、そして、映画館、そして、野村證券なら、まあ一応店舗業容のグラデーションがギリギリつながる感じがしますが、飲食店街からいきなり隅に映画館と野村證券というのは、違和感が非常に湧きます。

 この映画は、吉本興業の制作と言うことになっています。「吉本興業のベテラン芸人にも注目する関西ローカルのテレビ番組「なるみ・岡村の過ぎるTV」から生まれた異色ドラマ」と映画紹介サイトにもあり、吉本の芸人が配役をがっちり固めています。

 ウィキで見ると、主役は吉本の61歳の常連女優(=芸人)のようですが、「”ブサイク”や”汚いもの”扱いされており、”きれいどころ”の扱いは近年は極めて稀である(かつては、きれいどころが多かった)」とのことで、今回はギャグをとばすこともなく、プロレス的な技を掛けられる訳でもなく、真面目に演技したということでしょう。

 タイトルにまで名前が出るバリバリの主役のオバハンは、真面目な演技はちょっと面白味を欠きますが、コケティッシュな面白みが全開の若手弁護士に元AKBの光宗薫と言う女優(/アイドル?)が、この作品のそういう魅力の部分を埋めてくれているように私は感じました。幾つかに映画にも出演しているようですが、全く見たことがありません。偏見バリバリですが、所謂弁護士の典型的なキャライメージからすると、可愛らし過ぎ、裏のオタオタ恋愛劇を演じるには華が不足気味と言う感じがしないでもありません。しかしながら、好演です。公私混同の感情論で、躁と鬱を繰り返すような面白キャラをきっちり演じてくれているように思えました。

 ストーリーは、或る意味、クリシェです。犯罪者だと思われて糾弾されている人間が、無罪を勝ち取るまでの苦労を散々描いておいて、後に実は本当に犯罪を遂行していて、無罪獲得後に本性を現すと言った展開です。裁判が大好きな国民性を反映して、米国映画にはかなり簡単に見つかります。有名どころでは『白と黒のナイフ』は名作だと思いますし、ちょっと変形パターンの物語では『推定無罪』も知名度の高い映画です。今回の話が、司法の追求の手をコンマン的なでっち上げの話で逃れるという観点だけで見ると、寧ろ、『ユージュアル・サスペクツ』の方が類似点が多いかもしれません。

 ただ、この作品は、そんなクリシェの展開に、最近の高齢者問題や、現代人に典型的な病む心の話や、所謂恋愛価値観の多様化の現実やらが絡みついて、笑いを取ろうとする展開なので、一味違います。

 このオバハンのマンションの自宅は高層階にあり、そこから飛び降りた男が死体で発見されます。警察が部屋を突き止めて、中に入ると、そこには睡眠薬を飲まされて、首を絞められて死んだ男二人の死体があります。警察が事故の線から慌てて事件の線に切り替えて捜査を始めると、オバハンは自分がママを務めるスナックのカウンターで、睡眠薬を飲んで自殺を図ったところで発見され、一命を取り留めます。

 幾つかの状況証拠から、このオバハンが三人を殺したと起訴されますが、オバハンは断固として、三人が私を求めて争って殺し合ったと言い張るのです。ちなみに、男性陣は、20代のイケメン公務員、30代のベンチャー企業経営者、40代の大手企業管理者です。30代の被害者には妻まで居ますし、40代の被害者はバツイチです。この状態で、「なぜ不細工なオバハンを殺し合うほどに取り合いしなくてはならないのか」。これがタイトルの「ありえなさ過ぎる」物語の構造です。

 オバハンの口座には三人から合計で1000万円ぐらいの金額が振り込まれていて、「オバハンがカネを借りて、皆が返せと詰め寄ったら、オバハンに殺された」と言う金銭トラブルと検察は主張しますが、これまた、オバハンは、三人が私を自分一人のモノにするために争ってカネを貢いだと言って譲りません。

 なぜ二人は睡眠薬を飲んでいたのかと尋ねれば、オバハンは「私を巡って皆が口論を始めたので、落ち着いてもらおうと思って、精神安定剤代わりに、自分が持っていた睡眠薬を『ちょっと、これでも飲んで落ち着きな』と言って飲ませた」と説明します。

 三人とはどのように知り合い関係を深めたのかと尋ねると、20代の公務員は最近母を亡くしたが、オバハンはその母の知り合いで葬儀に出たのがきっかけであり、30代のやり手社長はオバハンの店の常連だったのであり、40代の会社員は彼が落とした財布をオバハンが拾って警察に届けたのが縁であると、説明します。そして、三人が三人とも、オバハンと二人きりになった場面で、なぜかオバハンを「あすなろ抱き」して、オバハンが驚いて振り返った瞬間にキスで口を塞いだというのです。三人が三人とも同じプロセスで肉体関係を持つに至ったというのです。

 検察は「なぜ全員あすなろ抱きをするのか」と説明の非現実さを当然のように指摘しましたが、オバハンは「普通のオトコは惚れたオンナをあすなろ抱きするもんですわ」と言ったことを平然と宣うのです。

「不細工なオバハンに財産も社会的立場もある若い男性が惚れて恋敵を殺すようになるか」。このテーマで劇中の社会は大盛り上がりになり、ちょっと展開があるごとに、すぐ関西のコテコテの感じがするワイドショーや路上インタビューの場面が出てきて、若い男性側のオバハンは恋愛対象たり得るかと言う話と、60代のオバハン側の20代男性は恋愛対象たり得るかと言う話が、議論されるのです。

 状況証拠しかない訳ですから、あとは常識的に判断するということしかない訳ですが、その常識として、オバハンを巡って三人の男が殺し合う場面があり得るかと言う議論に話は集約して行きます。流石、吉本ネタだけあって、そこにジェンダー論やセクハラと言った言葉さえ登場しません。単に面白がって「アリ」か「ナシ」が繰り返し問われるだけです。

 付き合っている男性に二股をかけられていても気づくことさえできず、男からつれなくされてフラストレーションを貯めていた、駆け出し弁護士は、当初オバハンの弁護に全くやる気なく臨み、「ありなさ過ぎでしょ」を連発しています。ところが、オバハンが弁護士の恋の指南役に就くと、どんどんダメ彼を転がせるようになり自信を取り戻します。それと共にオバハンをも信頼するようになり、米国の口先三寸的な弁護士顔負けの弁護の論陣を張り、オバハンを無罪に導くのでした。当然、その後は、『白と黒のナイフ』的などんでん返しが待っています。

 オバハンが男を誑し込んで図太く生きていく話なら、DVDの他作品紹介に頻繁に登場する(けれども、観たいとなかなか思えない)『後妻業の女』の大竹しのぶが思い出されます。ただ、向こうはどんでん返しもなく、最初から一方的にだます構図があけっぴろげに展開している様子です。そして、やはり関西弁の図太いオバハンがどんどん男から財産を巻き上げて行きます。

 これに対して、この作品では、オバハンは特に冤罪を訴える必死さもなく、かといって『後妻業の女』のようにケラケラと或る種の軽やかさを持っている訳でもなく、ただ、真顔で「私は無罪です」とぶっきらぼうに言うふてぶてしいオバハンが終始存在するだけです。(私も初めてその名称を知った)あすなろ抱きなどを含む、オバハンの抗弁の無理さ加減に、観客も笑っている場面はありましたが、所謂吉本の笑いがあまり存在する訳ではありません。非関西人だからなのか分かりませんが、笑いをこらえるのが大変という場面は見つからないのです。全体にカット数が少なく、見た目の画像も単調でしたし、照明や音響も低予算感がバリバリの作品なので、せめて、人物の面白さはきちんと演出して欲しかったように思えます。

 それでも、高齢化が進む社会でのどんどん現実世界に溢れ出てくる「セプテンバー・セックス」系の話題を上手く切り抜いて突き付けて見せることにも成功していますし、ダメ女の弁護士がめきめきと恋愛上手になっていく中盤から話はそれなりに盛り上がってきます。DVDはこの面白さ故に一応ギリギリ買いと言う感じかと思います。

追記:
 駆け出し女性弁護士を弄ぶ結果になっている美容師の男は、どこかで見たことがある男だと思っていて観ていて、映画後半で、スタイリッシュなリメイクで私がとても気に入っている『仮面ライダー THE FIRST』・『仮面ライダー THE NEXT』でルパートの服を身に纏って本郷猛をやっていた男優だと気づきました。