『バリー・シール/アメリカをはめた男』番外編@イクスピアリ

 封切から既に1ヵ月半経って、とうとう東京都内では見られない状態になっていたのですが、諦めきれず、一都三県の「三県」にまで対象を広げ、一番行きやすい場所でみることにしました。直前に観た『彼女がその名を知らない鳥たち』よりも封切は一週間早い作品でしたが、かなり人気のように感じていたので、仕事にかまけて放置されていました。いざ調べてみると、千葉でも一館だけになっていて、埼玉・神奈川は二館あってもやたらに遠いような状況だったかと記憶します。

 いずれにせよ、イクスピアリの1日たった1回しかない20時45分からの回を土曜日の夜に観てきました。その日の夕方に渋谷で『彼女が…』を観た後、その足で移動してイクスピアリに辿り着きましたが、ゆっくりとPCで仕事ができる環境がなく、駅まで戻り、隣駅の新浦安のファースト・フード店で仕事をしながら時間を待ちました。

 私は端的に言って、アンチ・ディズニーです。夢の国と言われていますが、私にはどう見ても張りぼてのできの悪い演劇の舞台装置のようにしか見えません。被り物を被ったキャラたちも、何かモノを言わない不気味さがあって、到底好感が持てません。ウルトラマンの顔を作品設定を色々と検討した際に、能面をヒントにして、見る者が場面ごとに表情を解釈できる余地を残すことが大事だと気付いたといいます。同様に日本のぬいぐるみのほとんどには表情がありません。正確には、見る者の心を反映して表情ができるようになっていると考えるべきだと思います。その点からみると、ミッフィーやキティはモノを言わず、ヌ~っと近づいてきても、(仮にそれが等身大だったら)ハグするぐらい喜んでしますが、最初からへらへら笑っている顔のネズミや犬やアヒルの化け物が近づいてきたら、逃げるか飛び蹴りをかましてやるかのどちらかにしたいように思えます。スティーブン・キングの『IT』や(スティーブン・キングではありませんが)『チャイルド・プレイ』を観ても分かるように、笑顔で近づいてくる空想キャラの多くは良からぬことを考えていると思った方が無難でしょう。

 おまけに、書店に行くと、あの施設のホスピタリティが凄いと書く本が並び、あの施設を見習って、普通の飲食店でもバイトのスタッフのことを「キャスト」と呼ぶ店舗などが多々出てくると、既に如何わしさ満点です。最近漸く労基も重い腰を上げたようですが、ブラック・バイトの典型のような仕事を笑ってしなくてはいけないスタッフの洗脳ぶりはなかなかなものです。

 私は客を待たせないようにするとか、待っていてもその時間が気にならないようにすることもかなり重要なホスピタリティの要素だと思っていますので、「〇時間待ち」のアトラクションをわざとらしく自慢ネタにして、改善の兆しも見えないままに十年単位で放置できるのはキチガイ沙汰ぐらいに思えます。それは、イクスピアリの飲食店においても同じです。ですので、私は極力この施設に関わりを持ちたくないと思っていますが、一定の必然性が出てしまったので、仕方なく足を伸ばすことにしました。

 
 この映画館で映画を観るのは、2014年に『キック・アス ジャスティス・フォーエバー』を観て以来です。相変わらずラスベガスのミラージュ・ナンチャラか何かにもあったような、空々しいペンキで描かれたらしい空を見上げながら、施設の奥に進むと映画館がありました。前回よりも開始時間が遅く、ギリギリ終電より少々前の時間に東京に戻れるぐらいの時間枠です。

 シアターに入ると10人ぐらいの観客がいましたが、意外に半分ぐらいしか所謂ディズニーランド目当てのような若いカップルは居ず、私ほどではないにせよ、それなりに年が行った男性客や女性単独客も数人いました。

 私がこの映画を観たかった理由は単にバランス感によるものです。月に二本以上劇場でみるようにしている映画のうち、9月以降でみると、『GODZILLA -怪獣惑星-』、『シンクロナイズドモンスター』、『亜人』、『ワンダーウーマン』、『散歩する侵略者』と本作を入れても、9本の映画のうち5本がSF系の作品になっていて、明らかに偏りが酷いと感じていました。今後もトレーラーを見ていると、マーベルだの、和製コミック原作の各種作品だのが連続するので、そのバランスを揺り戻しておくためにも、たまに違うタイプの映画を観ておきたいと考えた中で、観たいと思えるものが、この作品を含む数少ない幾つかぐらいしかなかったのです。

 興味を持てた理由は、やはり米国のここ最近の政治劇の舞台裏の面白さということに尽きると思います。この映画の評を書いているサイトに拠れば、「脚本を執筆したゲイリー・スピネッリが『アルゴ』を観たことをきっかけにCIAのスキャンダルに興味を持ち、当時の主要人物をリサーチした結果、”バリー・シール”という未だかつて描かれてこなかった実在の男に辿り着いた」のだとありますが、確かに、調べてみても、この人物の話はほとんど過去にネット上の記録が出てきません。それが最大の関心を持てた理由かと思えます。

 観てみると、やたらに飽きさせない映画でした。結局彼は彼が結果的に裏切ることになった中米の麻薬組織の殺し屋に射殺されますが、身の危険を感じた彼が残したビデオテープの記録を振り返る形で映画は進行します。彼自身が描いているような表現が、例えば、ナレーションとともに地図上で国名にマジックで丸を付けてみせるなど、全編を通じて出てきます。全体が回想という位置づけなのです。バリー・シール個人が、(もともと大手航空会社のパイロットだったのですから)少なくとも米国人の平均以上の知性を持っているはずですが、国名を間違えたり、地図上で指すべき国を間違えたり、やたらにアバウトな雰囲気がうまく表現されています。

 これぐらいアバウトで、細かなことを気にしないようでなくては、ホワイトハウスやCIAの命令に従いながら、同時に麻薬密輸ビジネスで数十億円の荒稼ぎをするようなことはできないのかもしれませんが、それにしても、何かの計算のようなことが全く感じられません。行き当たりばったりに、金の匂いのする方へどんどん踏み進める感じです。ほとんど記録がなく、期待していたパンフレットも買えませんでしたので、詳細は不明ですが、彼の家には納屋にも庭の土中にも隠すところがないぐらいに札束が積みあがってしまい、「ロンダリングする暇もなく忙しいから仕方ない」と劇中でも語っています。

 縁がない世界なので分かりませんが、よく映画作品の中などで、億円単位の身代金を運ぶシーンでもスーツケースぐらいで事が済んでいるように見えます。それが100個あっても、広いアメリカの倉庫裏や壁の中、そして、土中などで簡単に隠せる量のように思えてなりません。結果的に妻の装身具に変えたもの以外はすべてFBIに押収されてしまっています。

 アバウトと言えば、中米の山中の舗装もしていない滑走路から、既定の重量の数倍の麻薬を積み無理矢理に離陸する話や、飛行機をオートクルーズ状態にしておいて、飛行中の飛行機の床面を開け、指定した沼地に麻薬の包みを数十個ぐらいの単位でポンポンと落としていく作業をするとか、常識的には考えられないことを次々としでかしていきます。さらに、航空会社パイロット時代からの愛妻を中米への飛行に同乗させ、帰路には飛行機を降下させてコックピットで座位の無重力セックスを楽しんだりしています。多分本当なのでしょうし、トレーラーでも登場する有名なシーンですが、一般の航空取締の飛行機に追われて、逃げきれず、愛用の双発プロペラ機を普通の住宅地の道路に不時着させ、翼をへし折る大破をさせて、中の大量の麻薬を放置して、カネだけ持って、その場にいた子供から自転車を即座に買い取って逃げた、などというどう考えても社会問題になりそうな事件も引き起こしています。

 私もセスナ機で山中のインターステートハイウェイに不時着したことが人生でたった一回だけありますが、あの際の「もうダメ感」が甦りました。こんな人間に政治工作を依頼する側も側で、アーカンソー州の広大な土地を与えて、後に「イラン・コントラ事件」で有名になるコントラの人間を入国手続きも(当然)なくどんどん運び込み、軍事訓練をさせて元に返すという超アバウトな作戦を立てて即実行したりします。当然ですが、内戦が続く恵まれない国から、コンビニもDVDもある米国に来れば、戻りたくなる訳がありません。半分の人間は逃げていなくなったと劇中で報告されています。

 都市伝説レベルで、四国の山中奥深くにはコンテナで運び込まれた中国人が中国と同じ条件で働かされている“現場”があり、そこでは日本国内で中国現地のコストと同じレベルでモノづくりができる…と言った話があります。それでも、1日か2日も死ぬ気で山中を逃げれば、お遍路さんには助けてもらえそうな気がするので、やっぱり都市伝説は嘘かななどと思っています。これに対して、アーカンソーの街に連れてきて、町はずれの広大の土地とはいえ、バリー・シールの家にはプールもハイ・エンドな車もある訳ですから、戻る訳がありません。

 それにしても、一応、「based on a true story」のようですから、これが事実だとすると、本当に杜撰なことを重ねに重ねて、大量の人命を弄ぶことが好きな国です。基本的には武器と麻薬のやり取りだけのことで、受け取った側はどちらも社会的によくなることがありません。仮に、武器の密輸が国家的に必要だったとしても、関係各署に何らかの「タッチしないように…」という通達ぐらいは流して、組織的に且つ戦略的に動けばよいように思えます。しかし、現実にはそうなっていないので、バリー・シールのやっていることに気づき、暴き、追跡してきた関係各署から訴追を同時並行で受けてしまっています。CIA一組織の一部署の発想だけで動いているようですので、無駄に調査や捜査に費やされた各署の税金は膨大なものになるでしょう。

『ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ』でも、CIAの大掛かりで杜撰な情報操作をFBIが嗅ぎ付けて横やりを入れてきますが、今回の映画でも同じ構図が見つかり、結果的にバリー・シールに引導を渡す直接的な役割はFBIが果たしています。CIAの方は基本的に尻尾切りでお終いにするので、特にバリー・シールの財産を守ったりしたりはしません。

 先述の『アルゴ』もそうですが、なぜ、このような奇想天外な映画でも起き得ないような、杜撰で適当極まりない作戦で国家間をまたぐスキームを動かそうとするのか理解できません。優れたオペレーションズ・リサーチの考え方やプロジェクト・マネジメントの基礎をゼロから作り上げた国のやることには見えないのです。これに比べたら、日本の官僚組織など可愛いものです。この規模の超法規的な措置など、そうそうないでしょう。同じく「based on a true story」の『日本で一番悪い奴ら』でさえ、道警の警察官は自分の拳銃押収の実績を上げるために犯罪組織に拳銃輸入をさせていて、その支払いにはシャブを使うという話でしたが、やっているのは、一応担当者である警官で、それを民間人に丸投げして、直接的に戦争の火種を作る作業をさせるという、倫理的・道徳的な崩壊度は見当たりません。

 私は、どちらかというとやや陰謀説的な歴史観や政治観を持っている方ですので、月面に人類は着陸していないのではないかと思っていますし、9.11も『華氏911』ぐらいには如何わしい話だろうと思っています。それらをより頷けるように私をしてくれる作品で楽しめました。そして、こんな杜撰なことしか国際間レベルの工作でできないような国から、「日本でウチの製品が売れないのはけしからん」と言われる筋合いなど全くないと、確信を強めることもできそうです。肩の凝らない、しかし、知っておきたいことがそれなりに織り込まれているセミ・ドキュメンタリーとしてみると、評価できる作品だと思います。アバウトな主人公にはコックピットではなく車の運転席での射殺という手間のかからない終幕が用意されていたのも、シンプルな国ならではだなと思えます。DVDは買いです。

追記:
 シアターを出て見ると、まだ11時にもなっていないのに、全くスタッフは見当たらず、人気(ひとけ)もなく闇に放置されたようになった売店のカウンターではどう考えてもパンフレットは買うことができませんでした。こういうことは他のミニシアターなどでもありますが、そのような際には通常、その旨を入場予定者に案内するのが普通です。「売店は閉まっていてレジも閉めていますので、領収書の発行はできかねますが、それでよろしければ…」と言った、妙に込み入った説明をしてくれる映画館もあります。色々史実や現実との整合についてに知りたいと思っていたので残念です。
「買うことはできないのですか」と尋ねるチャネル一つ残さない、傍若無人なやり方には、恐れ入ります。さすがホスピタリティという風評をビジネス書売り場で売物にしているだけの企業グループです。