9月末日の封切から既に1ヶ月半以上。仕事が落ち着かずに引き延ばしていたら、とうとう、新宿ピカデリーでさえ1日1回の上映になってしまっていて、かなり終映の感じが漂ってきました。仕方なく、嫌な早起きをしてでも見に行くことにして、1日1回の時間枠に見に行くことにしました。バルト9でも1日1回になっていて、細かく上映スケジュールを調整するこちらの方が、より危うい感じがするのと同時に、上映枠は仕事とぶつかっていて観に行くことができませんでした。
晴れた金曜日の朝の8時30分の回。紀伊国屋本店のビルを突き抜ける通路はまだ開いておらず、回り込んでDVD屋の前を通ってピカデリーに辿り着くと、裏口の何面もあるガラス扉はまだ施錠されていて、4、5人の客が開場待ちをしていました。私が前に立った時、ガラス戸の向こうには若い女性スタッフが一人立っていて、どういう仕組みか分かりませんが、上方に手を翳すだけで開錠しました。その女性スタッフは黒スーツを着た小柄な人物で、髪形がショートなこともあり、何か『亜人』で私が最も好きなキャラの下村泉のコスプレをしているように見えました。まさかそんなことはないものと思いますが、万が一そうであったら、(少なくとも私個人には)かなり気の利いたお客様満足度向上策です。
シアターに入ると、チケットを買った時の画面情報と変わらず、私の他に4人の客しかいませんでした。男性2人、女性2人で、男性の方は私と同じぐらいかもう少々年上の感じ。女性の方は20、30代のように見えました。私も含めて全員、単独客だったと記憶します。(少々記憶があやふやです。こちらが最後列で、他の客は比較的中央に固まっていたので、連れかどうかの判別が数列違いの客では難しいのです。)
閑散たる状態で、これでは9000円の売上ですから、1日1回でさえ全くの利益割れだと思います。これが比較的最近になってそうなったのか、比較的以前からそうであったのかはよく分かりません。ネットの評価などを見る限り、かなり早い段階から不評だったようには思っています。特に、原作にかなり忠実な(と言っても、結構、中盤から乖離して来ていますが)アニメ作品三部作が人気でしたので、それを分かっていると実写は許せないというファンがいても、気持ちは一応理解できます。
正直言って、私も、原作では明らかに高齢になっている最強の敵役、佐藤を「全然若い綾野剛が演じるのはどうよ…」と思っていました。現実、私の知る数人の亜人ファンのこの映画を観ない判断根拠の一つに必ずこの点が出てきます。そして、原作では偏差値がバカ高いであろう主人公の高校生は、佐藤健です。こちらも「亜人・佐藤」ほどではないものの、「まあ、ちょっと、無理ありすぎるでしょ。高校生だよ」と私も思っていました。
私も一応『亜人』ファンだと思っています。DVD付のコミックも価格が高いのにもかかわらず、全部(DVD無しのバージョンではなく)買い集めていますし、亜人各々が出すIBM(主人公は「黒い幽霊」と呼んでいます。)も形が微妙に違いますが、形を見れば誰のものかはまあまあ中てられるほどの知識はあります。Tシャツも劇場で買いましたし、好きなキャラ下村泉のキーホルダーも予備も含めて同じものを2個持っています。そんな私も、かなり逡巡がありました。それでも観に行くことに決めたのは、たとえハズレでもやはりファンとしては観て文句を言えるようになっておこうと思ったことと、トレーラーで観た実写のCGの見事さがあります。
実際観てみると、やはり、CGは秀逸です。アニメの時の黒炭でできたようなIBMよりも、リアル感がありますし、実態ある人間との重なり合い方などが、自然に見えるのです。アニメでは、そのリアル感がないが故に、特に3部作の3本目などは戦闘シーンが多過ぎて見飽きてしまいます。亜人は死なないため、殺し合いが単純なエンドレスになって、ダラダラと無目的に続くのです。ところが、今回は、肉弾戦のリアル感がある上に、尺も比較的短く、おまけに単なる殺し合いではなく、毒ガスの容器の取り合いと言う明確なゴールのある戦いに仕上げられているのです。(勿論、それ以外の戦闘シーンもありますが、そちらは尺がもっと短く、飽きる前に決着が着きます。)
また、原作中の最初の大見せ場の飛行機一機を丸ごと目標の建物に体当たりさせるテロ行為がきちんと維持されています。目的のビルも原作やアニメと異なりますし、ビルに上から直撃と言うよりは、9.11のように横から突っ込む映像に変えられているのも、一工夫されているように思えます。(しかし、9.11直後の数年間なら、くだらないマスメディア的配慮から間違いなくこの映像は作られなかったことでしょう。原作でこのシーンが出た時にも、「お。やっちゃったねぇ」と私も思いました。)
さらに、元々危惧されていた、主役級二人の配役ですが、主人公の高校生は映画では、医大を出たばかりの研修医に変えられていて、ぎりぎり役者の実年齢に近づけてありますし、佐藤も一応それぐらいの年の人と言うことに、(よく分からない部分は多いですが)変更されていたように思います。私にとって綾野剛は『そこのみにて光輝く』の発破作業員が一番最初に記憶から出て来て、池脇千鶴とのなまめかしい海中セックスが思い出されます。それに続いて、『日本で一番悪い奴ら』のイカレ道警警官や『白ゆき姫殺人事件』の嫌な奴や『天空の蜂』の狂ってる奴ぐらいです。それに対して、佐藤健は、私には『るろうに剣心』が一番で、それに『リアル~完全なる首長竜の日~』が続く感じです。あとは『バクマン』のハマってる奴、『何者』の嫌な奴、『仮面ライダー電王』シリーズのウザい奴ぐらいです。映画を観ていて、そちらのイメージが出てくるという点では、やはり、今一つの感じはしますが、それでも、当初想定していたオリジナルとのギャップと言う観点ではそれほど気にならなくなっているのです。
さらに、ストーリーも大枠では原作と一緒ですが、かなり初めの方から異なっています。キャラ設定もそれなりに変更が効いています。主人公とその妹は原作ではどこまでも打ち解けることがありませんが、映画の主人公はかなりシスコン気味です。佐藤も元傭兵と言う設定が全く登場しないので、SAT隊を派手なアクション・シーンで殲滅しても、ただのサバゲー・マニア風に見えます。
おまけに登場人物もかなり削り込まれていて(それはまるで、『寄生獣』の時と同様ですが)うまくエッセンスが維持できている限界ギリギリの内容にうまくまとめられています。主人公の家族も妹しか登場しませんし、幾つかの亜人キャラもバッサリとカットされています。よく経営の本質論で「選択と集中」と言われますが、選択すれば持てるものをそこに集中するのは、或る意味、当然です。寧ろ、選択しないものを意識的に選ぶことの方が困難で、選択しないでバッサリ捨て去ることには、通常、とんでもない決断力が必要です。この作品ではキャラに関して、そして見せ場の場面に関して、大胆に選択が為されています。
『亜人』と言う作品の外伝のようなものとして割り切って観たら、ストーリーもキャラ設定も十分耐えられる作品で、そこに先述のCGをガッツリ組み込んだアクションシーンがそこここに効果的に入れられているので、そのスピード感故に飽きが来ないのです。『亜人』をベースにしたアクション邦画と思えば、問題なく楽しめる作品に思えます。
敢えて難点を挙げるなら、中途半端に原作のキャラを踏襲してしまっている人物達です。先述の選択と非選択の狭間のグレー・ゾーンに残ってしまった人々と言ってもいいかもしれません。これらの人々は原作に似せることが重視されてしまっているが故に、逆に不自然になっているのです。以前観た『ジョジョの奇妙な冒険…』の主要キャラがどう見ても街を闊歩するコスプレ変人にしか見えないほどに浮き上がっているのと同様です。
このグレー・ゾーンの人々は特に二人いて、私の大好きな下村泉とその上司の戸崎です。下村泉は川栄ナンチャラと言うAKB出身の女優が演じています。私は全く知りませんでしたが、この作品を観た後、地下鉄の車内広告で認識できるようになりました。愛らしい顔つきと思いますし、体型は小柄なのに(いちいちスリー・サイズなどをチェックしていませんので、画像的に合わせているのかもしれませんが)胸も大きく、確かにこの映画館の自動ドアを朝開錠したスタッフ以上に下村泉っぽくなっています。そして、原作からアニメ化されるにあたり、シンプルで極端になった仮称「逆さチューリップ」の髪形も真面目に再現されているのです。これを実写で見ると、やはり、『ジョジョの…』の仗助や承太郎ほどではないにせよ、かなり非現実感があります。さらに、体型も真っ黒のタイトなスーツでラインがモロ出しで、小柄でスリムなのにやたらに目立つ胸が、画面上に浮いているように見えてしまいます。
戸崎は下村泉に比べてかなり背が高い設定で、フリスク的な何かを頻繁に食べたりするところや上辺のないフレームの眼鏡をかけているところや、色々な点で実写キャラは戸崎になっています。しかし、原作やアニメに比べて、妙にふくよかなのです。シャープな顔立ちがまるで崩れていて、変態コスプレおっさんにしか見えません。なぜ、この二人にも主役級の二人のような設定変更を施さなかったのか、全く分かりません。佐藤の配下として暗躍する田中も原作では一本気が売りのチンピラのようなキャラですが、映画では『SPEC…』TVシリーズの本命悪役の俳優が、その時同様の知能犯的サイコなキャラとして演じています。そのような改変を施せば寧ろ良い収まりになったように思えてなりません。
そのような残念な点はありますが、前述の通り、『亜人』をベースにした実写アクション邦画としてそれなりに楽しめます。DVDは一応買いです。