『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』

 7月下旬の封切から3週間近く経った木曜日の午後に明治通り沿いのミニシアターで観て来ました。たった2シアターしかない映画館で他にも上映作品が3本ほどあるのに、1日に5回も上映されていました。前から行こうと狙っていて、当日思い立って映画サイトを見ると、14時10分の回があったので、滑り込みで見ることができる時間帯に映画館に着くと、何と満席になっていました。仕方なく、その次の16時20分の回を見ることとしました。100席もないようなミニシアターとは言え、なかなかの盛況ぶりだと思います。私がチケットを買いそびれた際にも、他にも“ご同類”が少なくとも5人以上いました。(夏休み時期とはいえ)平日の昼間であってもこれほど観たい人間がいるというのは驚きです。

 16時20分の回も100人弱の座席数はほとんど埋まっていました。観客は老若男女ごちゃまぜ状態で、何らかのクラスターに纏め上げることがざっと見では困難でした。

 老若男女に大好評の理由が私にはよく分かりません。企業勃興のセミドキュメンタリーがなぜこれほどに人気を博すのか分かりませんが、その企業がB2Cの商売であれば、それなりに親しみが湧き、話題にもなりやすいということかもしれません。『ソーシャル・ネットワーク』などの人気もその典型であったろうと思います。最近では非B2C企業の例で『海賊とよばれた男』などの例もありますが、あの作品は基本的に原作からの人気であるものと思います。この作品はマクドナルドのフランチャイズを立ち上げ全米にまたがるチェーンに育て上げた男の物語です。

 この映画を私が観に行くことにした理由は端的に経営ネタの勉強ということだけです。マイケル・キートンはバットマンは「ああ、そうでしたね」と言うぐらいのインパクトしかなく、最近のバードマンは「シュール過ぎてよく分かりません」と言う感じで、今一つ、印象の薄い、好きでもなければ嫌いでもない男優です。出演作で最も好きな映画を挙げろと言われれば、間違いなく『マイ・ライフ』だとは思いますが、その素晴らしさは彼が主演であることによるものではないと思えます。

 敢えて挙げるなら、トレーラーでちらりと見たローラ・ダーンがちょっと関心を引いたのは間違いありません。『ブルーベルベット』、『ワイルド・アット・ハート』、『インランド・エンパイア』の濃厚なデヴィッド・リンチ作品の印象が強く、『ランブリング・ローズ』の好演も光りますし、『デブラ・ウィンガーを探して』で吐露する自分自身の女優人生観も感慨を湧かせます。ジェニファー・ジェイソン・リーのような強烈なファンではありませんので、ローラ・ダーンが出ているからと言ってその作品を観たくなる訳ではありませんが、好きな女優の一人ではあります。

 マクドナルドの創業に当たって、仕組みを作った人間と今のマクドナルドのチェーンを築いた人間が違うことは、何となく聞いたことがあった程度の記憶がありましたが、特にそれ以上の知識もなく、漫然と観に行きました。

 映画はシェイク用のアイスクリームを同時に5本並行して処理できる5軸マルチミキサーの多分セールス・レップと思われるレイ・クロックが、なかなか買い手が見つからない中で、8台もの大口発注をしてきたマクドナルド兄弟の店を訪れるところから始まります。この映画はかなり事実に忠実なようで、パンフレットを見ても、現実の話から殆ど乖離が見つかりません。映画ではレイ・クロックが5台の注文を受けて驚いて確認の電話をすると、「いや、8台に増やしてくれ」と言われて店を見に行くことになっていますが、パンフに拠ると、他店から「マクドナルド兄弟の店のと同じミキサーをくれ」との多数の注文が来るようになってから、レイ・クロックはマクドナルド兄弟の店を訪れたようです。

 結果的に、レイ・クロックは偶然見つけたマクドナルド兄弟の強烈な「スピード・サービス・システム」を乗っ取り全米規模のフランチャイズにするところで映画は終わります。

 色々経営的な観点で「学びがある」、と言うよりも「確認できる」ことがある映画です。私は、大きく3つの点が確認できました。

■米国の優れた経営発想の持ち主は日本以上にレアであること

 経営の創意工夫をするマクドナルド兄弟の物語が前半で描かれますが、非常に刺激的です。そして、胸を打つほどの直向きな努力と言えます。しかしながら、このような発想は、日本では製造業を中心にかなり零細企業規模の会社まで、「ムダ取り」や「カイゼン」、「QC活動」が現場レベルの社員や非正規雇用の人々にまでかなり浸透しているために有り触れていて、特に非常に珍しいというほどのことではありません。仮にこのような店舗が数店規模のチェーンであったとしたら、単に、業界紙誌で紹介されたり、経営ドキュメンタリー系の番組で取り上げられたりする数々の企業のうちの1社になるだけのことだと思います。

 現在のマクドナルドの(昨今の業績や営業方針の迷走は置いておき)隆盛を知っているからこそ、創業時の斬新な発想を知ることに大きな意義はありますが、敢えて言うなら、マクドナルド兄弟のそれは、劇中で見る限り、完成と共に進歩が概ね止まっているように見えます。そして、改善のアイディアだしをするのは兄弟の二人、特に弟の方だけなのです。それに比べて、日本における多くの経営改善は現場レベルの人々が発案段階から全員何らかの参画をしていますし、それが多くの人々によってなされている以上、完成もなく、常に継続するものです。その観点からすると、劇中に登場する「スピード・サービス・システム」が高く評価されているものと認識されている場面が登場すればするほど、逆に彼の地の経営意識の低さが際立つ気がしてなりません。

■ポジティブ思想では結果が出ないこと

 レイ・クロックはセールス・レップ時代に旅先のモーテルにさえLPを持ち歩き、「忍耐力だけが成功を生む。才能ではダメ…」的な自己啓発系の内容を夜に聞き入っています。劇中のLPのタイトルは、“The Power of Positive”ですが、パンフに拠ると、これは、デール・カーネギー、ナポレオン・ヒルと並ぶ自己啓発御三家の一人のノーマン・ヴィンセント・ピールが1952年に出版した“Power of Positive Thinking”を模したものということです。

 レイ・クロックはこれを自己啓発と言うよりも完全に自己洗脳に近い形で行動に反映しつつ、1台の車のトランクにマルチミキサー1台を入れて、毎日殺風景な米国中西部のハイウェイを走り回っては、(その移動効率の悪さ故に)1日1、2件の訪問をこなしている様子です。訪問する飲食店のオーナー達は、かなり経営観が低そうな人間ばかりで、その上、マルチミキサーを抱いたレイ・クロックのトークも自己啓発系そのままのパターン化した稚拙なもので、門前払いの連続の毎日が続いています。それなのに、レップ契約していると思われる販売店の営業事務担当には、「お客さんの関心は凄い。皆が注目している」などと嘯いていますし、妻に電話しても「飛ぶように売れている」などとありもしない話を聞かせています。

 この段階は映画冒頭で終焉しますが、ここまでの何年間かにレップとして紙コップやらその他の平凡な製品を同地域で売りまわっていたことが劇中のレイ・クロックが接触する人間が、「おまえ、どこかで会ったよな。ああ、そうだ、紙コップの売込みに来たな」などと言っていることで分かります。短い人生の時間の中で恐ろしい時間の浪費です。

 ポジティブ心理学が日本でも猛威を振るっていますが、『成功するには ポジティブ思考を捨てなさい …』でも明らかにされているように、単なるポジティブ思想は害悪以外の何ものでもありません。そこには、「PDCAのサイクル」ないしは「仮説と検証の反復」が存在しないからです。そのような要素が色々と揃っている中にあるポジティブ思想は肥料のような役割を果たすこともありますが、ポジティブ思想だけを先行して持っても、何らの生産的な結果も生み出さないのです。

 レイ・クロックは52歳にして、偶然、マクドナルド兄弟の店に辿り着き人生の岐路を迎え、それこそ、ポジティブ思想全開に「こんな年からでも人生は大きく変わった」と言っていますが、馬鹿げた結果論です。買い手のニーズ、市場のニーズについて仮説と検証のサイクルを回していれば、幾らでもチャンスは廻ってきたことでしょう。偶然気付かなくても、マルチミキサーでもそれをフル活用できる店の雛型を自分で考えていれば、自分がマクドナルド兄弟のような店舗に辿り着いた可能性さえあります。どれほど実践されているかは別として、日本でちょっと勉強する営業担当者なら誰でも知っている「ソリューション営業」の考え方です。それ以前の紙コップでさえ、何らかの営業手法や販売手法で大きなシェアを持つことができた可能性だってあるのです。

 稚拙な呪文のようなセールストークで平凡な商品を平凡なものとして売り回るという馬鹿げた営業パターンの反復作業に、人生の大切な時間や労力の財産を投げ出す愚行を、ポジティブ思想のシャブを打ち続けて冷静に顧みることもなく、延々と続けてきたということと解釈すると、ご愁傷様としか言いようがありません。それでも、神は(存在するならの話ですが)そんな愚行的努力でもたまには認め、マクドナルド兄弟に巡り合せるという福音を下さったのでしょう。

 それでもフランチャイズ契約をしたレイ・クロックも、再びポジティブ思想で動き始め、早々にキャッシュが底をついてしまいます。妻に内緒で家まで抵当に入れても返せない借金を作り、不和を生じて結果的に献身的だった妻を見捨てることになります。決定的なキャッシュ不足を解消したのは、当たり前の組織統制に関わる経営論でした。ここでも、ポジティブ思想がレイ・クロックの人生を蝕んでいました。全く馬鹿げています。

■結果的に現場主義が答えを出すこと

 日本でも三流のフランチャイズ・チェーンは店舗が各々好き勝手なことをして、本部が管理・統一をすることができないままに、崩壊して行きます。崩壊するというよりも、分かっている者や機に敏い者は沈む船を見捨てるので、打ち捨てられるという方が正しいかもしれません。

 マクドナルド兄弟はこの点を重視してチェーンを拡大しないこととしていました。そこにあえて踏み切ったレイ・クロックも同じ轍を踏み散々苦労しますが、システムを理解し、真剣に商売に打ち込む人間を夫婦単位でスカウトし、啓蒙と育成を地道に行ない続けることで組織を拡大して行っています。

 実際に当初の数店舗分ができた後も、レイ・クロックの現場周りは続き、チェックしに行った店舗の周囲の清掃作業をしたりしている様子も、厨房で自ら陣頭指揮にあたる場面も劇中で確認できます。これは、多くの成功したフランチャイズ・システムの創業者や黎明期の管理者に見られる特徴で、日本でもイエロー・ハット・チェーンやCoCo壱番屋チェーンなどの経営者の直向きな労働観はよく知られています。日本では「現場力」などと称される組織のこのような重要な資質は、一般に欧米の経営観で軽視されがちです。

 キャッシュ面では全く努力が至らず全くの無知な状態を前述のように露呈させ、チェーン全体を存亡の危機に追いやるレイ・クロックですが、少なくとも、組織作りにおいては、早い段階から自ら労を惜しまず啓蒙と育成と方針維持・現場維持を徹底したため、一応成果につながったということはできるものと思いました。

 ネットの評価が騒ぎ立てているように、マクドナルド兄弟との最終的な対決や、結果的には献身的な妻を見捨て、組織の人間の妻を寝取ることなどの話は、或る意味、どうでも良いことですし、結果的に発生した些末な事実でしかありません。寧ろ、日本の物差しで見た時、無能と評価されて不思議ない「営業のオッサン」が、今まで長らくドブに捨ててきた世の中に散在するチャンスの連鎖に気付き、経営者的マインドを持つに至ることができた経緯のサンプルとして見る時、相応の価値があります。DVDは買いです。