『軍服を着た神様』

 8月1日の封切から2週間弱が経った水曜日の午後8時20分の回を久々の東中野のミニシアターで知己と観て来ました。1日2回の上映です。全国でこの館と横浜市内の映画館の2館でしか上映していない作品です。

 JR新宿駅の東南口のミニシアターで『床一面こんな感じ』を鑑賞した後に、トークショーが始まりかけた所で席を立ち、東中野にJRで移動しました。上映開始の30分少々前に劇場に到着しました。知己と待ち合わせて地下の劇場に降りました。

 私がこの作品を観たいと思ったのは、単純に言うと思想がやや右寄りであるからということかと思います。第二次大戦前に日本の統治下にあった台湾と韓国。実質的に植民地ではなく、日本に併合する形で、地域に膨大なインフラ投資をした結果をきちんと受け止めている台湾と、歴史事実に対して捏造に捏造を重ね、ゴネ得とばかりに厚顔甚だしい要求を繰り返し、あまつさえ竹島を不法占拠して居直る韓国。そう言った対比の上で、大日本帝国軍人を神と崇める台湾の人々の姿を見てみたいと思ったのです。

 他にも多くの知り合いが行ったことがあるという台湾の地であり、全世界で(多少の領土問題は抱えるものの)事実上最高の親日国である台湾のリアルな現状の様子を映像で観てみる価値もあるものと思い立ちました。私は現地で神と崇められている日本人の存在を『ゴーマニズム宣言 台湾』で遥か以前に読んで微かに覚えていました。また、最近ではネット記事か何かで故安倍晋三元首相の銅像が立つ廟と記念館があると読んだこともありました。(安倍元首相は銅像が建立されただけで、廟に祀られているのは第二次大戦中の哨戒艇の乗組員100余名です。)しかし、映画.comの以下のような紹介文を読んで、そのように日本人を扱う廟が多数存在していることを知り驚きました。

[以下引用↓]

台湾各地に存在する「日本人の神様」の謎を追ったドキュメンタリー。

かつて日本が植民地として統治していた台湾には、軍服を着た日本人が神様として祀られている場所が50カ所以上もあるという。文化人類学者の藤野陽平と記録映像作家の遠藤協が、台湾各地の「日本神(にほんがみ)」を訪ね歩く旅を、コロナ禍を挟んで足かけ6年にわたって記録。謎をたどっていくうちに、日本神がそれぞれひとりの人間として確かに存在した事実が明らかになり、彼らの数奇な運命と、台湾の民間信仰のあり方、そして日本が台湾に残してきた戦争の痕跡が浮かび上がる。異国の地でさまよい死後の世界を生きる日本人の魂と、その魂を慰撫し神として祀る台湾の人々、神となった先祖と出会いなおす日本の子孫たちの姿を通し、死者を悼み弔う心が生んだ、日本と台湾の知られざる交流を描き出す。

監督は民俗学的なモチーフを得意とし、「廻り神楽」で第73回毎日映画コンクールドキュメンタリー映画賞を受賞した遠藤協。音楽ユニット「馬喰町バンド」のメンバーで美術家としても活動する武徹太郎が音楽とアニメーションを手がけた。

2025年製作/107分/日本
配給:三叉路フィルム
劇場公開日:2026年8月1日

[以上引用↑]

 劇中でも何度も制作班の人々が口にする「日本神」は、発音が完全に「日本髪」と同じで、最初耳で聞いても漢字が「日本神」であることがパッと分かりませんでした。事前に上の案内文でその表現を知っていたのにも拘らず、アクセントが「日本髪」と全く同じと想像していなかったからかと思います。その日本神が台湾にそれほど存在するのは、親日国家といえども不可解です。この解説を読んでから、俄然、その疑問を作品を観て解消しようという動機が湧き起こりました。

 シアターには上映開始時刻2、3分前に入ったはずですが、私達よりも後からどんどん観客が増えて小さなシアターはそこそこの稼働率となりました。ネットで観ると96席あるというシアターに最終的には40人弱の観客がいたように思えます。殆どが単独客で2人連れは1、2組しかいなかったように思います。男女の組み合わせだったように見えましたがシアターが暗くなってからの確認なのではっきりしません。年齢層は比較的高齢側に偏っていて、40代から70代までの分布という感じに見えました。全体の性別構成はほぼ半々といった感じだったように思えます。

 観てみると、劇中に描かれているものが、こちらが期待していたものと少々ずれていることが分かりました。私はこうした日本神が生まれる理由は、その地に何らかの貢献や恩恵をもたらした軍人がいたからであろうと思っていました。確かに、私が既にぼんやりとは知っていた、帝国海軍の杉浦茂峰兵曹長(死後少尉に昇進)が飛虎将軍と呼ばれるようになったケースは、そのような形になっています。ウィキを見ると、以下のような文章があります。

[以下引用↓]

1944年、台湾に配属されていた日本海軍の杉浦茂峰・兵曹長(戦死後に少尉昇進)は零式艦上戦闘機三二型に搭乗して台湾沖航空戦に出撃。10月12日午前、台南上空で米軍機と空中戦になり撃墜される。彼は集落への墜落を避けるため郊外まで操縦してから脱出したが、落下傘で降下中に米軍機の機銃掃射を浴び、20歳で戦死した。軍靴には「杉浦」と書かれていて、その後、第二〇一海軍航空隊分隊長の森山敏夫・大尉の協力で、この飛行士が「杉浦茂峰」と判明した。

死が迫る中で住民の命を守ろうとした杉浦氏を「神」と称え、地元の有志らは1971年にほこらを建てた。現在は毎日管理人が朝夕2回、煙草に点火して神像と写真に捧げて、日本の国歌『君が代』、午後は『海行かば』を祝詞として歌っている。

[以上引用↑]

 作品中でも何度となく、「現地の数百人に及ぶ人々の命と建物を自分の命と引き換えに守った」、「早速脱出していれば、自分の命は助かることを知っていながら、自ら命を投げ出して人々を救った」といった言葉が語られています。しかし、彼の事例は寧ろレアケースで、多くは地域に何らかの貢献をするとか偉業を成し遂げるなどのことをしたとかの結びつきもなく、「鬼」として現地の人々の前(夢枕のような感じですが…)に現れた結果、祀られることとなったようなのです。

 この「鬼」は日本の角の生えた鬼ではなく、亡霊や悪霊といった類の存在です。パンフや映画終了後のトークショーでも説明された台湾の人々の死後の世界観では、人間は死んだら、「鬼」か「祖先」か「神」のいずれかになるというのです。死後、ただそのままだと「鬼」になり、人魂となって人々の前に現れたり、何らかの祟りを齎したりする、日本の地縛霊に近いような存在になるようです。ただ、日本の地縛霊のイメージは建物や井戸、樹木など特定の狭い位置範囲に縛られるイメージですが、台湾の「鬼」の方は、その特定地域の中をさまようようなイメージのようです。

 そのような「鬼」に対して、子孫、それも男系の子孫が供養を行ない続けると、「鬼」が子孫に対しての「祖先」に変質・格上げされ、子孫を守護するような存在になるようです。それが、子孫のみならず、地域の人々(地域の特定業界の人々であるケースもあるようですが)に祀られ頼りにされるようになると、「神」への変化を始めます。しかし、「神」になっても、最初は「陰神(いんしん)」という格下の見習いのような神様になるというのです。その後、多数の信者を集め、信者の願いを叶え、信者を守護し、祠や廟を立てられるようになると、「神」が成長し、格上の「神」になるというのです。

 作中には地域のお祭りで、「神」の坐像を神輿に載せて街々を練り歩く場面などもありますが、その際にも格下の「神」の神輿が先頭を行き、後続の各上の「神」の露払いをすることになっているなど、「神」の擬人化と「神」の世界観が人々の中で深く強く共有されている様が描かれています。

 先述の通り、やはり「鬼」として当初現れたものの、地域を救った実績のある飛虎将軍のレアケースを除いて、作中で登場する日本神はすべて「鬼」として現れ、または「鬼」様の人に対するまとわりつきをして、人々がそれを祀り「神」に成長させた結果なのでした。必ずしもその地に何かの明確な結びつきがある訳ではなく、フィリピン沖の海戦で戦死した海軍兵を、洋上から供養する催しで海に投じられた卒塔婆が流れ着いた台湾の漁師町で、漁船の網に引っ掛かった卒塔婆を海に二度捨ててもまた同じ漁師の網にかかるので、祠を立てることにしたケースもあります。

 また、驚くべきことに、霊媒能力を持つ女性に執拗に集団で語りかけて、彼らが生前守っていた日の丸を地下から掘り出させた一群の日本神もいます。それも、その集団は第二次大戦の際の人々ではなく、明治時代の台湾出兵の際に台湾に上陸し、現地で先住民族と交戦した際に戦死した人々なのです。霊媒の女性は作中に登場してほんの数語しか日本語の単語を使いませんが、軍人の「神」が憑依し、現地に赴いた日本人取材者が問いかけると、日本語で彼らの言葉を語ります。(現地の人々からの相談の際には一群の「神」々が代わる代わる憑依することもあるようですが、その際には「あなたは…」など高頻度で使用される一部の日本語の単語以外、現地の言葉で彼女は語ります。)

 この日本神の集団は石(せき)さんというこの霊媒の女性に廟まで建ててもらって祀られた結果、地域の人々を守り、石さんの口を通じて、現地の人々の悩みや問いかけに答えているのでした。作中にはその憑依(/降霊と言うべきかもしれません)の場面が数度登場しますが、完全な憑依をしている間は長時間に亘って石さんは瞬きをしないという異常な状態であることが映像から確認できます。

 古来、日本では、山や海の自然の神々は奉れば恵みを齎すものの、荒ぶれば災厄を齎すので、鎮めたり祓ったりしなければならない存在だったと思います。台湾の「鬼」も何かの形にその地に現れて彷徨い、人々を悩ませ、人々に要求するようになると、人々はそれを祀り、「神」に“仕立て上げ”て、自分達の守り神としての関係性を構築するのが、作中に描かれる人々の考えのようでした。その“仕立て上げ”る関係性構築は、トークショーの中で、「まるで日本のアイドルなどに対する『推し活』のような発想」と語られていますが、まさに自分の推している「神」を成長させ、自分との結びつきを深める関係性のありかたと言えると思えました。

 こうしてみると、このような日本神が多数存在するのは、先述の通り、親日的な姿勢の結果と単純に解釈する訳にはいかなそうに感じます。現実に、鑑賞後に猫の額とでも評したいほどの狭いロビーでパンフレットにサインをもらった際に、トークショーの二人(監督(といっても、映像作家が本職のようです)とプロデューサー(といっても、元々このテーマを研究している文化人類学者です。))に、並んだ列の私の直前の観客が直接「現地の人々が祀っている中に日本人以外の神はいるのか」という質問をぶつけていました。答えはイエスで、「神」は日本人だけではないのでした。ただその事例の数は非常に少なく、取材した中でフランス人とオランダ人の事例が各々一件あったというような程度との答え(私の記憶がやや怪しいですが)でした。この数字のバランスの中に、親日感情が発露していると見ることは一応できそうです。

 こうした日本神の声を聴くと、「日本に帰りたい」とか「靖国で眠りたい」といったものもあるようで、実際に飛虎将軍はその坐像を持って、管理人が飛虎将軍の妹(だったと思います)の茨城県の自宅を訪ねたエピソードも作中で紹介されています。そして、石さんの方では、明治期からの話ですので、日本神の集団のうちの1人の6代目の子孫とさえ石さんが交流している姿が描かれています。

 台湾の人々のシンプルな日本のイメージ故か、少ない語彙や知識故か分かりませんが、これらの廟を立ててもらっている日本神の多くは、実際には下士官にもなっていないような階級であっても「●●将軍」や「●●元帥」、「●●大元帥」などと呼び習わされ、廟そのものが地域の人々の(昔の日本の神社などのように)集まり語らい楽しむ場所として存在している中の、地域信仰の核として、若い世代も含めて多くの人々に親しまれていることがよく分かります。

 先述の地縛霊的な発想や、廟を中心とした地域振興のありかたや、神輿で神の移動を祭りとして人々が執り行う様子など、(クリシェではありますが)日本の古き良き地域の結びつきを観るような思いがします。また、これもレアケースではあると思いますが、先述の石さんと日本神の子孫との交流が維持されている様子なども、人々の縁(えにし)の不思議さを感じさせるものだったと思います。

 最近、小泉八雲の日本観を深く掘り下げた内容の『小泉八雲「見えない日本」を見た人』という書籍を読んだばかりです。小泉八雲が憂いた失われ行く日本の習俗やその背景にある価値観がよく分かる内容で、それをほぼ同時期に日本にいた外国人の感じた日本と比較して検証する刺激的な内容でした。『ゴーマニズム宣言 台湾』にもそのような言及があったような記憶がありますが、台湾にはそうした失われた日本の断片が今も息づいているという風にも考えられそうに思えました。

 期待した台湾の親日姿勢の歴史的背景を理解する内容が多かった訳ではありませんが、それ以上の日本神を媒介とした台湾と日本の人々の紐帯を観ると同時に、まだ観ぬ国、台湾の(車中で食べ物を食べてはダメと噂の)長距離列車や国際空港や地方都市の風景が楽しめる優れたドキュメンタリーでした。トークショーで監督とプロデューサーの2人が、「ドキュメンタリーとしては解説があまりない構成になっているが、それは私達2人が体験した驚きを観客の皆さんにも追体験して欲しいから、敢えてそうした」という主旨を語っていました。確かにそうで、2人が言うように情報量が非常に多いパンフレットの中身を理解したり、トークショーでの追加解説を聞いたりしなければ、説明不足のみならず、構成もやや冗長で前後し、なかなか台湾の地域の人々の価値観や宗教観が理解しにくい部分も多かったように思います。それでも、観る価値のある佳作です。通称武漢ウイルス禍を挟み、制作にはかなりの時間を要したようですが、DVDが出るなら買いです。

 そして、台湾に初めて行って(私の知り合いの中では唯一台湾を明確に嫌いという人物ですが)「空港に降り立った時から、ずっと八角の匂いがして、変になりそうだった。ずっとホテルに籠ってた」という話を聞いたことがあります。老い先もそれほど長くない今、映画の情報に収めることができない八角の匂いが充満しているのだとしても、作中の主要な廟と作中では登場しなかった安倍元総理の銅像のある廟は、訪ねてみても良いかもと少々思えるようになりました。

 ちなみにパンフレットへのサインをもらう際にこの安倍元総理の銅像がある廟が作中で描かれていなかったことについてサラッと質問したところ、この作品の制作時点ではまだ銅像が完成していなかったとのことでした。

追記:
 制作に時間を要した結果、通称武漢ウイルス禍の2年のブランクの後に現地を訪ねてみると、日本神の名称が(例えば、「本将軍」が「日本将軍」になるなどの)変更されていたり、地元信者の「推し活」の結果、「神」が成長して祠の前の屋外に座像が安置されていたのが祠の中に入ったり、廟が建て替えられていたりしたケースがあったようです。作中では明確にそのような変化が分かりませんでしたが、トークショーで聞いたその話に、現在進行形の生の地域信仰の情熱が感じられて、何か感嘆させられました。