6月19日の封切から1週間経った土曜日の午後1時45分の回を、2つの台風がほぼ同日に時間差で東京に襲来する僅かに前に雨が降りしきる中、久々に訪れた歌舞伎町のゴジラの生首ビルの映画館で観て来ました。
映画館に上映開始15分ほど前に到着しチケットを慌てて買おうとした所、既に小規模なシアターの各列の左右の端の席はほぼ100%埋まっていて、アクセスが楽な最前列の左端の席を取ることになりました。ネットで観てみると86席のシアターですが、私が上映開始5分前にシアターに入った後も続々と観客がシアターに入って来て、最終的に50人近くになっていたと思います。なかなかの高稼働率です。
この作品はマイナーな映画だと私は思っていますが、なぜかTOHO系では(少なくとも都内で見る限り)そこそこ上映されています。映画.comで観ると東京都内では12館、全国では38館で上映されています。やはりマイナーです。新宿の中では(高付加価値を謳う規格外の価格のマルチプレックス館を除き)あまり来たいと思っていない映画館ですが、新宿でここ1館しかなく、台風直撃が近い中で、神田から徒歩15分の室町のTOHO館に行きたいと思えず、致し方なくこの館に来ました。
映画の舞台に下北沢の、私が2018年に超ドハズレな『自由を手にするその日まで』を鑑賞してしまったミニシアターが用いられています。当然そこでも上映されていて、映画.comで観ると(外国語字幕版も含めて)1日6回も上映されています。座席数たった45席の超ミニシアターが1つあるだけの映画館ですので、たった68分の作品とは言え、物凄い詰め込み方です。
50人ほどの観客層は最前列から振り返ってざっと見た感じでは、男女が半々ぐらいで、2人連れは3、4組居たように思います。全部男女の組み合わせでしたが、年齢層は20代の如何にもカップル感全開の2人連れもいれば、30代、40代の2人連れもいました。残りは単独客ということになりますが、全体的にみても、男女ほぼ半々ぐらいの性別構成でした。幅広い年齢層の観客でしたが、70代以上はほぼ皆無といった感じで、総じて若い方に年齢が偏っているように見えました。
この作品の映画.comの案内は以下のようになっています。
[以下引用↓]
「サマータイムマシン・ブルース」「リバー、流れないでよ」など数々の話題作で映画脚本を手がけてきた劇団「ヨーロッパ企画」代表の上田誠が長編初監督を務め、下北沢にある実在のビル「シェルボ下北沢」を舞台に斬新なギミックで描いた青春コメディ。
「シェルボ下北沢」の2階にある映画館・トリウッド。下北沢の劇作家・マドカと三軒茶屋のバンドマン・カズマはそれぞれ映画を見に行くが、互いの出来事が映画としてスクリーンに映し出されるという、ありえない構造が生まれてしまう。そんな中、映画館の両隣の店「グッドヘブンズ」と「三日月ロック」で問題が発生。マドカとカズマはこの構造を利用しながら問題の解決に挑むが、互いの映画は影響し合い、事態は予想外の方向へと展開していく。
劇作家のマドカ役で「サマーフィルムにのって」の伊藤万理華、バンドマンのカズマ役で「ミュジコフィリア」の井之脇海がそれぞれ主演を務め、マドカが主宰する劇団の団員役で前田旺志郎と菊池日菜子、カズマのバンドのメンバー役で金子鈴幸と三河悠冴、「三日月ロック」に出入りする半グレ役で今井隆文、刑事コンビ役でお笑いコンビ「ザ・ギース」が共演。さらに、石田剛太、金丸慎太郎、藤谷理子らヨーロッパ企画のメンバーが個性的なキャラクターたちを演じる。
2026年製作/68分/G/日本
配給:TOHO NEXT、トリウッド
劇場公開日:2026年6月19日
[以上引用↑]
私がこの作品を鑑賞しようと思い立ったのは、説明文にある『サマータイムマシン・ブルース』が目に付いたことがきっかけです。私の好きな邦画50選にも入っている『サマータイムマシン・ブルース』の脚本家が監督であるということと、紹介文の内容から『サマータイムマシン・ブルース』と同様の面白みを期待できそうと感じたからでした。
さらに、『サマータイムマシン・ブルース』とは異なり、その舞台が(非常に馴染みある…というほどではありませんが、)比較的よく知っている下北沢の街で、さらに、私も行ったことがあるミニシアターが事実上の舞台と分かったので、俄然、関心が湧きました。
私がそのミニシアターのトリウッドに、2018年4月に『自由を手にするその日まで』を観に訪れています。残念ながら作品そのものは、DVD化が早々に行なわれた理由が全く理解できないほどのマイナーな駄作でした(もちろん、DVDは入手もしていませんし観てもいません。)。しかし、鑑賞後には、劇中に何度も登場し、実質的に3分の1近くの尺を占めるのではないかと思われる、この館のシアター内外の風景は親近感を湧かせるものであったと思えました。
紹介文章では「青春コメディ」となっていますが、チープなSF作品であるのもほぼ間違いなく本当の様にみえて、短い尺であることも相俟って、私はこの作品を観に行くことにしたのでした。
映画の世界が現実の社会と連結してしまい、出入りが(安定的ではないにせよ)可能になる作品はかなり世の中に存在します。『カイロの紫のバラ』は間違いなく名作ですし、『カラー・オブ・ハート』もモノクロの世界がカラーの世界に変わることで、作品の主テーマを表現した秀作です。あまり印象に残っていませんが、アクションで言うなら『ラスト・アクション・ヒーロー』などもあります。
テレビとの出入りができるという話ならもっとあります。奇作『ビデオドローム』も敢えて言うなら(最近原作者が60代で亡くなった)『リング』なども含まれるかもしれません。ですから、映画の中の人々と現実の人々が交流したり行動が絡み合ったりするというのは、特に珍しいことではありません。しかし、本作の設定に一ひねりが利いているのは、映画と観客が相互になっていることです。つまりパラレル・ワールドの覗き穴的交流ポイントがトリウッドのシアターということになっていて、Aの世界でスクリーンに映っていることが、Bの世界では現実で、その逆もまた成立している状態なのです。
さらに、Aの世界の中ではシアターで上映されている映画となっているBの世界のパンフレットが存在し、その中に(通常のパンフレットではあり得ないぐらいのネタバレ感で)映画の物語が至る結末が事細かに記述されています。つまり、Aの女の世界で販売されている映画パンフレットは、Bの世界でBの男の周囲に起きる出来事の「予言書」になっているのです。当然、逆もまた成立しています。おまけに物語はハチャメチャな展開の様相を示し始め、Aの世界では惑星間戦争の超B級『スター・ウォーズ』的展開になり、Bの世界では、犯罪グループ間の抗争が激化し、どちらでも結末は『北斗の拳』のような世紀末世界になると書かれているのです。
如何にも『サマータイムマシン・ブルース』的なハチャメチャなコメディ演劇のノリです。(ただし『サマータイムマシン・ブルース』は時間軸をタイムマシンで行き来する話でしたが、今回は空間軸の方をパラレル・ワールドも含めて、行き来するような話です。)そして当然ながらAの女とBの男はスクリーン越しに協力して自分達の世界を破滅から救い出すよう動かざるを得なくなっていくのです。
これらのパラレル・ワールドは当初スクリーン越しの結節点しかありませんが、作品終盤にトリウッドの階下の古着屋が実際に現実で(多少のパラレル・ワールドのリセットが必要となりますが)繋がっているということが分かり、二つの物語は古着屋で混じり合うことになります。そしてAの女は演劇の世界、Bの男はバンドの世界と、どちらも映画ではない、そして報われにくい文化活動に戻っていくのでした。
細かく観ると、いろいろ突っ込みどころはありそうな気もしないではありませんが、『サマータイムマシン・ブルース』的な面白さは間違いなくある作品でした。これ以上の盛り込みようもなかったのかもしれませんが、短い尺で終ってしまうのが、ちょっと勿体無いようにさえ感じられました。
私が先程からAの女と書いている「劇作家・マドカ」を伊藤万理華が演じています。といっても、鑑賞直前まで、それが誰か分かっていず、パンフを読んで、『悪い夏』に出ていることを知りました。『悪い夏』の感想で以下のように彼女について書いています。
[以下引用↓]
眼鏡の女性市役所職員の宮田を伊藤万理華が演じています。といっても、私は彼女の認識がほぼ全くありませんでした。ウィキなどで調べてみると乃木坂OBで、私が認識している中では、乃木坂学芸会的作品であり、定番的展開の感動が塗されている『あさひなぐ』の出演は当然として、DVDで吉岡里帆目当てで観たドラマ『時をかけるな、恋人たち』の無表情な未来人に加え、究極の羊頭狗肉作品の『まなみ100%』で病死する先輩の瀬尾さんでした。今回は一見大分普通の人ですが、うちに男を求め追いかける執念を秘めたなかなか面白い役でした。
[以上引用↑]
芸達者と感じるほどではありませんでしたが、安心して見られはしました。後半のハチャメチャなノリになってきた時に、ノリについて行くのがやや困難…と言った感じに見えなくもありませんでした。
一方のBの男「バンドマン・カズマ」は井之脇海という男優です。確かに顔に見覚えはあるのですが、ウィキで見ても、特段彼と認識して鑑賞した作品の中の役割がありません。無理矢理何とか思い出すと、TVerで観て楽しんだ『ホットスポット』の最終話に登場した、30年後のホテルのフロントスタッフ男性ぐらいです。伊藤万理華同様こちらもハチャメチャ展開に振り回される「真面目にバンドやろうぜ」系の男性なので、元々それを狙ったのかもしれませんが、どうもイマイチ、終盤のドタバタ劇に引き摺られている感が漂います。
私が育った北海道の小さな港町は『駅 STATION』の主舞台で、私もほんの0.数秒、エキストラの通行人として登場しているはずですが、その中に、主人公が街の映画館を訪れて映画を観るシーンがあります。その映画館で観ていると、主人公が映画を鑑賞中の自分の背後から自分の近くに座りに歩いてきそうな、何か異次元空間に引き込まれたような感覚を味わったのを覚えています。
この作品はトリウッドで1日に何度も上映されており、やろうと思えば、そうした感覚を(実は、劇中でA、B相互に自分が見ているシアターに相手が訪れて来そうな感覚に戦いているような場面がありますが)味わうことができるのではないかと思えます。それは、今時の3Dや席が揺れたりなどの効果付きのシアターでは味わえないリアル感だと思えます。非常に関心が湧きましたが、わざわざ鑑賞料金を再度払って二度目の鑑賞に及ぶほどには至っていない作品のように感じられて、断念しました。少なくとも、当日、雨の歌舞伎町で、次の会までの時間を潰して待つほどの時間投資には値しないように思えました。それでも、DVDが出るなら買いです。
追記
同館のロビーは、封切られたばかりの『スーパーガール』と、何か私には「モンゴリアン・デスワーム」が連想されるような名称の、未だに続く『スター・ウォーズ』シリーズ新作目当ての観客がごった返していました。前者はちょっと関心がありますが、観るとしても、来月以降、客足が収まってからの鑑賞になると思います。