『なりすま師』

 2月21日の封切から3日目の、3連休最後の祝日の月曜日。池袋西口の老舗ミニシアターにて、午後1時50分の回を観て来ました。と言っても、元々のお目当てはその時刻から始まるたった10分の作品である『ヒューマンエラー』の方で、本作品は同時上映だったので、成り行きで見ることになっただけです。『ヒューマンエラー』同様に本作も全国でたった1館、この館でしかやっていません。おまけに1日1回の上映ですから、全国でもたった1館で1日1回しか上映されない超レアな上映機会ということになります。

 同時上映の2本をまとめて、上映時間枠は丁度1時間でしたが、トレーラーの時間枠や上映マナーなどの告知がありますので、10分もの時間(上映時間枠のなんと6分の1です。)が作品上映以外に費やされ、『ヒューマンエラー』が上映時間10分、そして本作が上映時間40分となっています。2本合わせてシニア料金の1200円です。

 先行して上映された『ヒューマンエラー』終了時から特に観客が出入りした様子は記憶にないので、観客が全く変わっていないとすると、観客の構成状況は『ヒューマンエラー』の記事に以下のように書いた通りです。

[以下引用↓]

 シアターに入ると、かなりの混雑でした。座席数が193に対して、70人ぐらいは観客が居たように思えます。2人連れは3組居て、若目男女2人連れ1組、中年女性2人連れ1組、中年男女2人連れ1組といった所だったように見えました。その他は全員単独客で、男女構成比は2人連れ3組も含めて全体で、女性が半分を多少超えていて、残りが男性という感じに思えました。女性の単独客は30代ぐらいに見える層が全体の4割ぐらいいて、残りはそれより高齢の幅広い層に分散している感じに見えました。男性の方は女性よりも高齢に偏っており、40代以上から広く分散しているものの、多少60代ぐらいまでの人数が多いようには感じられました。

[以上引用↑]

 本作は『ヒューマンエラー』同様、香月彩里が監督・脚本・出演をしています。2本まとめてのチケット購入から15分程度は時間があったので、コン・カフェやキャバクラ、居酒屋などからソープランドまでぐちゃぐちゃに並ぶ周囲の猥雑さを見て回りつつ、(『ヒューマンエラー』同様パンフもない作品なので)映画.comのサイトで解説を読んだのが、唯一の事前に入手した作品情報です。以下のような文章です。

[以下引用↓]

ミュージカル俳優として活動しながら映像制作を手がける香月彩里が監督・脚本を務め、AIが発展した近未来社会を背景に、AI型ロボットに成りすまして働く人々の姿を通して描く人間賛歌のエンタテインメント。

人型ロボットが驚異的な進化を遂げ、人間と見分けがつかない「AIコンシェルジュ」が社会を席巻する2030年。仕事を失う人々が増える中、AIのふりをして働く人間たちも、ひっそりと現れ始めていた。「AIコンシェルジュ付き物件」として売りに出されていた郊外の洋館で、家事サポートの求人広告を目にしたひろこは、採用面接にやってくる。しかし、その洋館のAIコンシェルジュは、全員がAIに成りすましている人間たちだった。ひろこも彼らとともにAIのふりをして働くことになる。そしてある日、洋館の購入を検討する大富豪が内見に訪れ、ひろこたちは総力を挙げてAIコンシェルジュを演じるが、思わぬことから人間であることがばれそうになってしまう……。

主人公ひろこをミュージカル俳優の可知寛子が演じるほか、共演者にもミュージカルを主戦場にした俳優たちがそろう。

2025年製作/40分/日本
劇場公開日:2026年2月21日

[以上引用↑]

 観てみると、それなりに楽しいコメディ映画でした。往年のドリフのコント、特にお正月特番のような家族設定長尺コントだと思って観ると、非常に楽しめます。ただ、真面目に観れば、映画.comの幾つかのレビューが指摘している通り、数々のツッコミどころがあり、物語展開はまだしも、各々の場面進行が成立しないぐらいのレベルでおかしな点が目立ちます。

 例えば、このサービスの価格構造がよく分かりません。元々洋館の大邸宅を購入しようとした富豪らしき男が不動産屋のエージェント(この女性エージェントが監督でもある香月彩里です。)と商談をして、とんでもない即購入特典の提示がエージェントから為されると、富豪らしき男は購入前に事前にお試しで1泊したいと言い出すという場面から物語が始まります。この購入特典がAIコンシェルジュ(人型ロボット)が4体ついてくるというものです。実際には4人のなりすま師が間に合わず、富豪らしき男には「1体は現在メンテナンス中なので3体を見せる」とデモを行なっています。その後、4人目のひろこさん(一応物語の主人公と言うことになっているようです。)が面接に来て、採用され第4体目のロボットになり、ロボットらしき言動をとる訓練を足跡で受ける場面がそれなりの尺を割いて描かれます。

 仮にこれが詐欺行為の一場面なら、まだ分かるのですが、女性不動産エージェントは、一味のリーダーで、ロボット役に1人100万円の報酬を払うと言っています。詐欺商売で契約をもぎ取り支払われた金を分配し、さっさとトンズラするのであれば、随分と偽ロボット役者の取り分が少ないように思えます。詐欺なら洋館を真面目に仕入れているとは思えないので、空き家の洋館をそれっぽく見せていると考えると、仕入ゼロで支払額をまるまる手にできます。それは普通に考えて二ケタ億の金額であろうと思われます。それを貰って、偽ロボット役者には1人100万円では安すぎます。(残りがリーダーの取り分としたら、とんでもない偏りのある分配です。)

 仮に彼らがやっていることが詐欺ではなく、基本的に購入後ずっとコンシェルジュを、ロボットの振りをしつつ務めるとしたら、「ロボットが特典で料金を戴かない」となっている訳ですから、一回の支払でいきなり貰った報酬から、4人400万円を毎月払い続けてしまう訳ですから、最初に一気に膨らんだ資金は毎月削り取られる一方で、いつか資金残高がゼロになり、さらに報酬を支払い続けるなら負債を募らせていくことになります。ましてこれが詐欺商売ではなく本当に不動産を売っているのなら、仕入も発生しているはずですから、購入の支払から最初の段階で手元に残っている粗利はかなり減っているはずです。

 他にもVRのゴーグルを富豪らしき男につけさせ、4体が歌い踊るミュージカル場面を見せている間に4体が一息ついている場面がありますが、一息ついでに人間としての会話を延々続けています。VRゴーグルをつけても耳は隠れていない訳ですので、彼らの会話はモロに富豪らしき男にまる聞こえ状態であろうと考えられますが、そのような問題は発生していません。

 そもそも、劇中では2030年設定で、今から4、5年先の話です。その際にロボットがこんなにぎくしゃく動くのかという疑問が付き纏います。パントマイム的観点から見ると非常に見事なのですが、4体は(後から参加したひろこさんはやや独自の動き方をしますが)ロボコップでももっと円滑な動きをするぞというような、妙に如何にもな歩き方や手の動かし方をします。

 細かく見ると、例えばひろこさんが鼻血を出したのを富豪らしき男に指摘されていたりしても、彼はひろこさんが(一回ガッツリ疑っている様子を見せ、「君たちは人間だろう」と詰め寄ってきますが)ロボットだと思ったままです。また、彼が階段から落ちて頭から血を流して倒れ死んだようになって、ロボットの対応を見ようとした際に、4体は本当に気絶したか死んだかというように考えて、大慌てで人間としてパニックになり、何とか救急車の手配の電話をかけるところまでたどり着いたような状況でした。それを倒れて死んだふりをしながら聞いていても尚、富豪らしき男は、「流石最先端のAIコンシェルジュだ。救急車まで電話をかけて手配できるのか」程度の感嘆で終わっています。

 イミフに長い場面もあります。ひろこさんが先輩のマリーに薦められてとっかえひっかえ色々な鬘を試してみる場面は、たいした面白くもないのに延々続きます。同様に何度も登場するゴキブリをひろこさんが多くの場合素手でつかむシーンも(後に恐竜時代からゴキブリは生きており、人間からAIへの進化を相対化して無価値にしてしまうような存在として描き続けられていくのですが)結構冗長に感じられます。

 他にもVRゴーグルで富豪らしき男に見せたミュージカル場面をエンディングでなぜか今一度繰り返して見せます。ラストに歌とダンスのシーンが配置されているという点では『スオミの話をしよう』をちょっと思い出させますが、向こうはラストに初めて登場する場面ですが、本作では劇中で披露された歌とダンスを、何故か締めの段階で今一度見せるのです。限られたたった40分の尺の中で不必要な大盤振る舞いに私には思えます。(取り分け、私は(以前のタモリ同様に)基本的にミュージカルが好きではないので、ミュージカル・シーンの濫用は少々イタダケナイ感じに思えました。)

 同時上映の『ヒューマンエラー』に並び、本作にも登場しているエリザベス・マリー演じるマリーは劇中でVtuberの女子のアニメキャラにハマっています。お試し宿泊の男は、夜9時から用があると部屋に籠ってしまったので、4体は「これ幸い」と各自好きなことを始めますが、その際に、9時から始まるVtuberの配信を「最初からみられてよかった」と言って観始めます。後からその証拠が出てくるのですが、実はこのVtuberの正体こそが、この富豪らしき男だったのでした。

 つまり、(ロボットではないものの)自分とは異なるキャラを人気Vtuberとして演じている男に、4体のAIコンシェルジュ達は人間がロボットを演じてなりすまし、やり過ごそうとしていることになり、さらにそのVtuberに4人のうち少なくとも2人以上(多分3人)が入れ込んでいるという、何か因果関係がまるまる巡って戻ってくるような関係性が描かれます。終盤に描かれるこの設定のおかげで、この作品は辛うじて社会的メッセージを維持して、寸劇コントのような物語展開を終えることに一応成功しているように思えます。

 ミュージカルは基本的に好きではない上に、先述のような物語設定上の「穴」も多々見つかりますが、それでも、物語そのものの着想も登場人物達の芸達者ぶりも、そして結構セリフが多めのエリザベス・マリーのメイド服姿を見ることができるのも、一応評価できるので、もし出るのなら、DVDは辛うじて買いという感じかと思います。