636 積と累

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経営コラム SOLID AS FAITH 第636号
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 ご愛読ありがとうございます。第636話をお届けします。

 例年より遅い梅雨明けが漸く進み、いよいよ「危険な暑さ」の日々が始まり
ます。エアコンが普及していない西欧では暑さによる死者が既に1万人を超え
ているという報道もあります。それほど深刻な状況になっても尚、エアコンの
室外機が「美観を損ねる」とエアコン普及に難色を示す人々が相当数存在する
というのは、なかなか日本人には理解しかねる価値観のように感じられます。

 これから数日経つと8月が始まります。比較的多くの業種で2月・8月は閑散
期と一般には言われています。しかし、酷暑は数々の新たな需要を生み出しま
す。体調管理どころか生命維持さえ考慮しなければならない一方、商機を逃す
ことなく、日々をお過ごしください。

 米国とイランの決定的なダメージが生まれない諍いも再発し、改めて全世界
的な原油供給危機が叫ばれるようになりつつあります。既に前回で原油備蓄を
放出しきった国もあるようで、事態は前回よりもさらに深刻であるかもしれま
せん。一方でプーチンの政権基盤は大きく揺らぎ、打開策で戦術核の利用も噂
されているとニュースにも上がるようになりました。まだまだだらだらと戦時
経済体制が続きそうな見込みです。しかし、経済安全保障的な観点からのデカ
ップリングやブロック経済化は、国内の中小零細企業においては概ね追い風の
はずです。手放しに喜べることではありませんが、追い風には乗るべきでしょ
う。
 
 今回は『積と累』と題して、組織の能力向上の数学的なモデルについて考え
てみました。個人主義の西欧文化下での経営学では、一人の天才的なリーダー
による革新的なビジネス・モデルが、イノベーションだのセレンディピティだ
のの言葉と共に礼賛されることがよく見受けられます。しかし、多くのそうし
た天才は、単なる奇人変人ではなく発達障害的な精神構造であると指摘される
こともあるようです。

 確かに2013年と2015年に別々の映画で描かれたスティーブ・ジョブズは尋常
ではありません。2010年の『ソーシャル・ネットワーク』で描かれたマーク・
ザッカ―バーグも変人そのものでした。そのビジネス・モデルがデジタルで完
結する小規模ベンチャー企業組織でもない限り、一人の天才の思い付きを具現
化する多くの人々が必要であるのは自明です。

 組織の総合力を伸ばすには、どの程度の数の人々の能力をどの程度引き上げ
ればよいのか。そんな思考実験のネタとして今号の内容をお楽しみいただけれ
ば幸いです。ご意見・ご感想をお待ちしております。頂戴したご感想などへの
お返事の目標納期は5営業日!!

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その636:積と累

「5人の美容師が在籍する美容院を想像してください。4人は技術も平均以上、
接客も文句ナシで、まあ全く問題ナシ。しかし、残り1人が技術はあっても思
い込みが激しくて評価が低く、おまけにお客様対応も最悪だとします。かなり
極端な仮定ですが、そうだったとします。そこへお客様Aがいらして、4人のう
ちの1人に当たり満足して帰ります。お客様Bが来て問題児に当たったとします。
お客様Bは当然不快になって帰ります。さて、お客様Bは『けど、確率は8割だ。
次に期待してまた来よう』と思ってくれるでしょうか。」

 物販店の狭い会議室で私は売場リーダー達に問うた。私が「掛け算の原理」
と呼ぶ定番の喩噺。デジタル信号のように、デキる美容師を1、デキない美容
師を0としたら、この店の総合力はその掛け算で決まる。つまりこの喩噺の美
容院の総合力もお客様からの評価も0になる。育成はできることを増やすより、
できないことを無くすのが大事とオチをつける。

 中小零細企業の現場では一人ひとりの個性を伸ばすのは先の話。一人ひとり
のやりたいことを追求させるのはもっと先の話。組織を構成する人員のスキル
の穴を、1分1秒を争ってできるだけ浅くし、せめて完璧の6掛けや7掛けを目指
し、その後、穴を完全に埋める。大手企業組織のジェネラリストと称される
キャリア・パスは概して評判が悪い。しかし、数人規模の組織のプレーヤーは
「全員全部及第点越え」が当面の目標であることが多い。

 そう思っていたら、大手企業組織でもそうした方針を掲げるべしという主張
を岩尾俊兵による『経営教育…』の中に発見した。
「1000人の組織で考えてみましょう。仮定1から仕事の成果は掛け算で向上し
ていくと考えます。普通の人は1の成果をあげるとしましょう。つまりスター
ト地点の生産性は1の1000乗で「1」です。
 ここで一人だけとんでもなく優秀な人に入れ替えたとします。生産性が普通
の人の100倍という化け物みたいな天才です。すると、天才一人と普通の人999
人がいる組織の場合の成果は(中略)100倍となります。
 それでは、今度は1000人すべての能力をたった1%だけ向上させるとします。
この場合の成果は(中略)約20959.2倍となります。実際には業務におけるボ
トルネックなど他にも考える必要はあります(中略)が、単純な思考実験にお
いてもたった一人の天才よりも1000人の努力の方が200倍優れているわけで
す。」

 言いたい主旨は分かるが、「掛け算の原理」並みに極端でどうも怪しい。10
人の零細企業なら雇える天才の能力はせいぜい常人の3倍ぐらいではないか。
それでもその天才の代わりに、10人は全員10%以上能力を引き上げる必要があ
る。零細企業の現実は過酷だ。

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次号予告:
 第637話 『内なる強迫』 (8月10日発行)
 ビジネス書全般を見ていても、あまり文字で見ることのない「指差呼称」か
らいろいろと考えてみました。

(完)