『渇き。』

 7月の最終日の木曜日の晩、7時半過ぎにバルト9で観てきました。封切から既に一ヶ月以上。あちこちで広告やトレーラーを見たりして、だいぶ人気なんだろうとは思っていましたが、バルト9で一日二回の上映になっていることに気づき、慌てて観に行きました。ロビー階の小さなシアターでしたが、女性客比率の高い観客で7割程度は席が埋まっている、なかなかの混雑状態でした。

 若い層が多く、本編上映前のトレーラー上映の段階まで、ザワザワ、コソコソと話を続ける観客が多く不愉快でしたが、本編が始まると、ピタリと会話が止みました。

「あなたの理性をぶっ飛ばす“劇薬”エンタテインメント!!」。
 このキャッチフレーズが表現するものがどのようなものか、かなり期待して観に行きましたが、なんとなく、アニメまで動員されてポップ感が割増しになった、クエンティン・タランティーノのスピードB級アクション作品といった感じで、それほど、すごいものとは思えませんでした。

 面白くなかった訳ではありません。暴力を延々描いてみせる幾つかの和製映画、例えば『凶悪』とか『アウトレイジ』などに比べて、若年層の群像が組み合わさっていて、同じぐらいの面白さを維持することには成功しているように思えますし、所謂POP感覚の映像と言う意味では、最近観た『ヘルター・スケルター』に比べて遥かにマシですし、『タリウム少女の毒殺日記』に比肩するぐらいとは思います。ネット上の映画評では極端に分かれた賛否両論が喧しくなっているようですが、私はどちらでもありません。

 監督が同じと言うことで比較される『告白』よりも登場人物の背景や心理描写が今一である上に、次々とキレまくったり、おかしな行動に出る異常者が連続して単調に登場する点で、できが明らかに悪いように思います。それでも、『告白』のように突然若者たちが踊りだしたりしないところはマシかもしれません。

 この映画を観に行った最大の動機は、やはり、バケモノと評されるほどの悪女の高校生、加奈子がどのようなものか観てみたいということに尽きます。悪女と評されるか否かは別として、私は世の中の奇麗事や一般的な価値観に流されない女性像が好きです。特に自分の欲望に正直で、よく言えば一途に思いつめ、悪く言えば、世間一般には居場所が全く見つからないような価値観の女性像を見るのが好きです。

『戦争と一人の女』の江口のりこ、『美代子阿佐ヶ谷気分』の町田マリー 、『女殺油地獄』の山田キヌヲ。最近ではフランス映画の『17歳』の主人公もそういった感じが多少ありました。

 しかし、この主人公の役柄はやたらに薄っぺらいのです。主人公を演じるのは小松菜奈とか言うファッションモデルの子で、この映画が事実上演技初挑戦なのだそうですが、本当に呆れるぐらいに学芸会レベルに見えます。ウィキに拠れば、彼女を発掘したと言う監督からも、撮影初日に「ヘタクソ」と罵声を浴びたと言うことですが、それが改善して売り物にできてこの程度と言うことなのだと思われます。原作を読んだファンに拠れば、脚本自体に既に問題ありと言う話です。いずれにせよ、このJK加奈子が人々を惑わせる魅力を持つようには到底思えないのです。

 加奈子は実業家のスケベオヤジの愛人になり、周りの少女たちをどんどん集団売春に駆り立てていたことが発覚します。スケベオヤジ目線で見るとき、加奈子だけ特別扱いされ、皆が命を掛けてでも取り合いをしたくなるような、妖艶さも蠱惑性も全く感じられません。売春に加担していたと思われる二階堂ふみの方が余程誘惑的ですし、設定上、加奈子とは微妙に距離を置いていたように見えますが、男目線で可愛いのは間違いなく黒く大きな瞳が印象的な橋本愛の方です。これらの若く実力派の女優陣と、この映画の配役をシャッフルしてみたら、「脚本の難点をぶっ飛ばす“劇薬”エンタテインメント!!」ぐらいにはなったのではないかと思います。

 エンドロールをみると私のクライアントのAVメーカーの作品で大ヒットした女優の葉山めいが登場していたらしいことが分かりました。小松某より、遥かに葉山めいの方が演技達者だと思われます。シャッフルするなら彼女も是非メンバーに加えてもらいたいところです。

 この映画の本来の難点とは別に、観てみてウンザリ来るのは、少女売春と言えば必ずわざとらしく登場する金持ち層の存在です。格差社会もここまで固定化したイメージかと言うほど、わざとらしく実業家や医者や政治家が出てきて、カネで性欲を満たすような構図が出てきます。ヤクザの人々はだいぶ警察に締め上げられて、細々シノギに精を出すのが精一杯で、買春側にはなかなか登場できない世情になったのかもしれません。しかし、何かと言えば、金持ちがカネで人々を買いまわり、悪の道に引きずりこまれた犠牲者が増える…と言った単純な構造には辟易させられます。また、オンナ目当てで狂った金持ちの登場かよと、ゲンナリ来るのです。

 変態性癖をカネで充足することにご執心な金持ち。組織防衛に汲々として捜査そっちのけの警察。ただ空騒ぎして暴力を振るいドラッグと酒に溺れるチンピラ。娘を売春に引き込まれ殺人に走る教師。そして、弁護士の父親まで巻き込んで身勝手に別離して、娘が失踪したら突如騒ぎ、別れた暴力夫に頼ってくる馬鹿母。おかしな人間が総動員で登場する中、ヤメ刑事の役所広司が“愛ある家庭”に飢えて狂気に走っていく様は、それなりに見ごたえがあります。彼の演技力がなければ、この映画は空中分解していたようにさえ思えます。

 彼の口癖の「糞がぁ!」は、私が留学で癖にしてしまった“fuck”がやっと治った後の、日本語の口癖にもなっています。発想も言動も、私はそれなりには共感できます。あのように、想いを忠実に言動に反映させていたら、かなり現在と異なる人生を歩まねばならなくなるので、最近はほとんど実践はしていませんが、それなりに社会的な立場やしがらみを考慮しなくていいのなら、「おお、いいね」と思える価値判断が結構連続します。娘探しもあれだけ別れて暮らした後で、顔も思い出せないような状態なら、私も嬉々として取り組んでしまうことでしょう。

 DVDは買いです。葉山めいの登場箇所をチェックするのと同時に、二階堂ふみ、橋本愛の名演技を少なくとももう一二度は見る価値があると思うからです。