『美輪明宏ドキュメンタリー 黒蜥蜴を探して』

 土曜日の夜、9時からの回を渋谷駅からやたらに遠い宇田川町のミニシアターで観てきました。三連休の初日、渋谷は尋常ではない人出で、東急デパートからの細道に至るまで、神輿の見物客などでごった返す歩道を進むことさえ大変でした。映画は封切から約二週間。一日の上映回数は6回もありましたが、外の喧騒とは打って変わって、上映開始時点で観客は私も含めて二人しかいませんでした。(その後、徐々に増えて、6人になりました。)

 美輪明宏という人物を私はよく知りません。私が東京で寝泊まりする新宿南口に近いマンションに(今はどうか分かりませんが)部屋を持っていたと言うことらしく、不動産管理会社の担当者と「このマンションは古いから色々と歴史やら何やらがあってね。有名人もたくさん…」と言った話になると、必ず最初に話題に出るのが美輪明宏です。現に美輪明宏をマンションの付近で遠くから見かけたことも一度あります。

 スピリチュアル系の事柄に一時期接する機会が多かったので、その関係で美輪明宏の著作に目を通したこともあります。『黒蜥蜴』や『毛皮のマリー』のアングラ舞台モノの話も一応は知っています。そして、当然ですがゲイであることも知っています。美輪明宏を「神々しい」、「神のような」と表現する熱狂的なファンがいることも一応知っています。その程度でしたので、ここまでなら、ドキュメンタリーを観に行く動機にはやや不足していたことと思います。

 その最後の大きな後押しになったのが、昨年末の紅白歌合戦出演だと思います。SNS系のコメントでも、「圧巻」、「鳥肌がたった」、「紅白史上最高のパフォーマンス」などの絶賛に、私もまったく同感です。この人物は何ものであるのかもっと知りたいと思わせるに十分な「作品」にあの数分の舞台そのものがなっていたと思います。

 その期待を持ってこの映画を観ると、少々残念です。まず、この映画の尺が63分ととても短いので、詰め込める内容が限られていると言うことがあります。さらに、この映画はフランス映画で、日本人の見慣れたドキュメンタリーの構成になっていないように思えます。この映画が狙っているのは、『Miwa : a la recherche du Lezard Noir』の原題にも表れている通り、『黒蜥蜴』に代表される美輪明宏の芸術性です。国内外の映画でも珍しい女性役を演じる男優としての注目が最初にあるように思えます。

 後半は美輪明宏のインタビューの比重が高まり、その中で、美輪明宏が、当時の芸能界のみならず社会全般のタブー感と戦って、一人、ゲイであることをカミングアウトしていたことなどが紹介され、彼の社会における重要性の一部分として掘り下げられています。日本の男色・女色の歴史に言及するまでして、彼の主張の背景をきちんと理解させようとする念の入り様です。それでも、彼が長崎での被爆者であることには全く言及されませんし、彼の人となりの部分の掘り下げが非常に甘い作品であることは否めないように思えます。逆に、フランスでも知名度の高い、宮崎駿や北野武の作品にも出演していると、かなりの時間を割いて説明されますが、ウィキなどを観る限り、それらは美輪明宏のほんの一部でしかないことが分かります。

 私は、男の裸を観るのが基本的に嫌いです。相撲も嫌いですし、銭湯や温泉に行くのもプールに行くのも嫌なぐらいです。ですので、レズビアンは美的に、且つ性感的にも、心情的にも、何となく理解できますが、ホモセクシャルは全く共感できません。しかし、共感できなく、関心が持てないだけのことであって、それを理由に差別だの偏見を持つ気はありません。美輪明宏の人物自体に関心が持てなかった理由の大きな部分はここにあると思っています。

 しかし、洗練された芸術性や、その背後にある彼の一貫して妥協ない生き方は、この映画を観て素晴らしいものと思いました。ネットでは、「美輪明宏が正体を現した」などとも書かれている紅白歌合戦の黒づくめのシンプルな服装に短い黒髪の姿も、彼が貧しい労働者の歌を、彼のリサイタルになけなしの金を握りしめてくる労働者のために謳うための“礼儀”であって、あの名曲ができた時からの彼の流儀であったことが説明されています。また、彼が若い頃、彼の知人が自分がゲイであることを知られ周囲から責められて首つり自殺した姿を観て、ゲイであることをカミングアウトし、世の中の偏見と闘うことを決意し、決してそれを曲げることなく生きてきたことも説明されています。

 三島由紀夫、寺山修司との交流が、横尾忠則などの言葉で語られもしますし、深作欣二の『黒蜥蜴』制作についてのインタビューも含められ、さながら、日本の芸能史の様相を呈してもいます。ただ、総じて見ると、美輪明宏の作品を並べて見せた「画集」のような映画であって、その美輪明宏が何ものであるのかを描く映画ではない所が、尺の短さと相まって、物足りなく感じるのです。かなり充実したパンフレットを買いましたので、DVDは必要ないと思います。