『セックスの向こう側 AV男優という生き方』

平日の小雨が降り始めた夜遅くの回に渋谷駅からはやたらに遠いミニシアターで観てきました。小さなシアターの席がほぼ満タンに埋まっていました。人気の秘密はほぼ連日行われているらしい上映後のトーク・イベントです。9時少々前に始まる上映は10時少々過ぎに終わり、それから1時間ものトーク・イベントが開催されています。

トーク・イベントは出演AV男優のうちの一人と監督と言う組み合わせで行われているようで、AV男優の人気度合いによっては物凄い混み具合になっていたと言う話でした。

中小零細企業専門の経営支援企画屋稼業の私には老舗AVメーカーのクライアントさんがいます。案件が始まってから半年近く経ちます。マーケティング案件に関わる以上、作品を多数観ておかねばと思い、週に数作のペースでAVを観ては、全体企画は勿論のこと、チャプター割やストーリー構成、作品予告の構成方法など、早送りをしながらインプットを蓄積しつつあります。

ですので、明らかに私はAV男優を見慣れていますし、現実に常時現役1万人単位のAV女優の数に対して、常時100人弱しかいないと言われるAV男優は、作品を見続けるうちに、大分見覚えがあるようになりました。そんな私にも新鮮だったのは、トーク・イベントで発言していた観客の中の女性達です。

40人ぐらいかと思われる全体の中に女性客は二人いました。一人は有名AVメーカーの社員で新規ウェブサイトの立ち上げに際して多数のAVを見ているうちに、その日(彼女にとっては全くの僥倖ですが)トーク・イベントに出演した田淵正浩氏の大ファンになったとのことでした。彼女は監督から「田淵のことが好きなの?」と尋ねられ、「はい。正直、よくオナっています」と公言していました。

もう一人は、AVとは関係のない会社のOLとのことでしたが、観に来た理由を尋ねられたところ、過去にAVに一本だけ出演したことがあり、その際の相手男優が作品に何度も登場して自分の考えを、まとめながら語る黒田将稔氏であったと発言しました。「AVに出たの。どうだった?」と監督に尋ねられ、「とてもいい経験でした」と明るく答えていました。監督が「ホント、AV男優をナマで観に、女性ファンが集まる時代なんだもんなぁ。アイドルでもないのに…」と言っていましたが、確かにその感慨には共感できます。共感できるからこそ、この作品が非常に陳腐でアバウトなものに見えます。

例えば、全く自動車を見たことがない一群の人々が世の中にいたとします。この人々に自動車を紹介するための映画を作ることになったとします。その際に、十台程度の色々な種類の自動車を集め、「ボンネットの中はどうなっているでしょう」とタイトル画面を出しては、十台の車のボンネットの中を一つずつ見せる。次に、「山道を走るとどうなるでしょう」とタイトル画面を出しては、また一台ずつ走っている映像を見せる。こういう映画を観ている気になってきます。勿論、自動車を生れて初めて画像で見ることになれば、それはそれなりに価値ある映像でしょう。しかし、少しでも自動車を知っていれば、多分、飽きの来る作品にしかならないものと思われます。

この『セックスの向こう側…』も全くそのような感じで、延々だらだらと続くのです。観る者がたった一本ぐらいのAV作品しか見たことがなく、誰かから話を聞くことも、それどころか実際にセックス経験もなく、その他のエロ情報も得たことがない、そんな状況で何か妄想逞しくこの映画を観に来たのなら、この映画は非常に印象深いのではないかと思われます。

監督は、「やはりこの作品は映画の形にしたからよかったんだ。これをDVD作品にして、セルビデオ店のコーナーで売ったら、こんなに話題にはならなかった。色々な人が見に来てくれて考えてくれるのがいい」と言っています。しかし、その色々な人、特に女性客は、どうも監督の想定しているほど、ナイーブではなかったのではないかと思われます。私がAVを見慣れていることを差し引いても、どうも、この作品は妙に浅く、退屈な出来になっています。

登場するAV男優の多くはベテランで、平均したら一人当たり、5000人以上はセックスしたという人々です。しかしながら、その中でも初期の有名男優は、女性を気持ちよくさせることに対する使命感のようなものがあり、まさにこのブログでも書いた『YOYOCHU SEXと代々木忠の世界』に登場して、女優を真の陶酔と悦楽に導く努力を重ねていた人々です。それらの人々とそれ以外の演技者としての人々、世代がさらに若くなって、低予算の中で「セックス・サイボーグ」と原作本で揶揄されるように、只管に脚本に従ったセックスを短時間にはずすことなく安定して演じることができる男優陣など、明らかな価値観の分断が見て取れます。しかし、この映画はそのようなグループごとの価値観の分断には全く目もくれず、単に男優たちに対して、バカみたいに単純な「勃起はきちんとしますか」のような質問の数々を投げかけるのです。

若い男優の中での有名男優として登場するしみけんはしみけんで、女優を気持ちよくさせることなどに一切言及しない一方で、「やはり、セックスすれば相手の状態は分かる。現場の隅で泣いていたり、出演したことを後悔し続けていたり、苦しんでいる女優だってかなりいる。そう言うウンコみたいな場所だから」などと、とても人間味あふれる発言をしています。しかし、そういったポイントは全く深められることがありません。こう言う所を見ると、監督の弁とは逆に、「映画の形にしないで、セルDVD店のコーナーに並べておいた方がよかった」ような作品に思えてなりません。

トーク・イベントでは田淵正浩氏が、疲労を貯めず長く安定したセックスで女性を喜ばせるためのテクニックと言うのを、彼の性格を反映した本当に誠実且つ丁寧に説明してくれました。

曰く、

「口と肛門や尿道などもつながっているので、口を開ければ、ほかの穴も開くし、口を閉じれば他の穴も閉じる。だから、持続させるには口を閉じて鼻呼吸でセックスを行ない、射精の時に口を開ければよい」。

「筋肉を使ってピストン運動をするのではなく、骨盤だけを動かして、骨の動きでセックスをすると、乳酸も筋肉に溜まりにくく、勃起も維持されやすい」

「スピリチュアルに傾倒したので試してみて分かったのだが、挿入しているときにペニスの前後延長線が何万光年分も続いていて、広い宇宙の空間上でピストン運動をしているように思いこみながら続けると、女性の反応も違ってくる」

などなど。

しかし、これらのことも、女性の快感を優先しつつ、数時間単位のセックスを当たり前にしているような経験のある人間には、周知の事実ないしは想定の範疇であろうと思いつつ私は話を聞いていました。代々木忠とアダム徳永の書籍の各々一冊も読めば、誰でも想像はできそうな話ですので、それが知られていないとしたら、ベストセラーと言われたこれらの本の影響力も非常に限られたものなのかもしれません。(何万光年の延長線まで具体的には想像に至らないでしょうが、深く達した女性を見つめ続けるセックスを重ねると、行為そのものから離れ、忘我の心境のようなものに男性側も達するとは、あちらこちらに記述があります。)

しかし、このような内容のトーク・イベントであっても、あまりに浅く軽く超初心者向けのような内容の本編の後には、田淵氏の語りの面白さと相俟って、非常に楽しく時間が過ぎていきます。どうもトーク・イベントの前座のような作品でしたが、商売柄の参考資料としてDVDが出れば購入するものと思います。

パンフレットが用意されていない映画だったので、カウンターで原作本を買い求め、田淵氏のサインをもらい、その後、その田淵氏との邂逅で今晩もオナるのかもしれないAVメーカー女性社員と名刺交換をして帰途につきました。

追記
 面白いことに、作品中に「セックスはやはり心でするもので、現場の周囲にいるスタッフ達には分からない、女優の心の中が男優には分かる」との主旨の男優の発言は多く見られます。しかし、「では、女性とは」と禅問答のような質問をされると、皆「セックスを重ねれば重ねるほど分からない」とか「それが分かるんだったら、AV男優なんてやる必要がない」などと答えるのでした。

田淵正浩のFANZA動画