『SHAME シェイム』

仕事が入らなかった平日の午前中、どんどん映画館がなくなり閑散とする一方の元コマ劇場前広場に面した映画館で見てきました。封切から5日目。200席以上ある劇場内に観客は40名ほど。殆どが55歳以上と思しき男性で、その一部は今時珍しい完全入替制ではない映画館に留まって次の回も見る様子でした。

座席のスカスカ感も手伝って、20代と思しきカップル二組と、黒コートの長身に黒メガネがビシッと決まった若手男性会社員一名がやたらに目立つ観客構成です。

公開があちこちの国で延びただのと、色々な噂が「衝撃的」と言う前評判になっていて、見てみようかなと、23区内たった二館の上映館に足を運びました。或る映画サイトの紹介文の冒頭に「セックス依存症の男と自殺癖のある妹。2人の姿を通して、人間の底知れぬ孤独を扇情的にえぐり出す」とあるので、物凄い映画を期待して行ったのですが、全くのハズレ映画で口があんぐり開いてしまいました。

まず、この底知れぬ孤独を体現してくれる筈の主人公の男が、全く常人の域でしかありません。セックス依存症と言っても、全く依存に振り回されている様子には見えません。毎日、きちんと出社していますし、個人のオフィスまで用意される立場をきちんと社内に築いていて揺らぐようには見えません。プレゼンか何かの結果、契約をモノにしたなどと同僚から褒めちぎられ、誰かれ構わずセックスの話題を持ちかけたりする訳でもなければ、パワハラ・セクハラの類もほぼありません。ここまでコントロールできていて、依存症と呼ぶのは全く相応しくありません。

エロ画像をネットで漁っていると映画評が書いていますが、今時、何ら不思議なことではありません。職場でも時々トイレでマスターベーションをしているのが異常だとの映画評の指摘もありますが、半分は尾鰭葉鰭付きの与太話かもしれませんが、週刊誌などでは、職場の同僚とセックスに及んだとか、場合によっては、ひと気のない倉庫や残業時間後のオフィスでセックスに及んだなどの話も幾らでも見つかります。そんな中、人に迷惑をかけないように、誰にセクハラをするでもなく、オフィスで一人で欲求をきちんと処理している人物を指して、セックス依存症と言うのは全く論理的ではありません。

例えば、アルコール依存症やパチンコ依存症などの表現がありますが、本人がコントロールすることができなく、実社会生活に支障が出ると言うのが基本的に「依存症」の範疇ではないかと思われます。どれだけアルコールを摂取しようとも、肝臓を壊すこともなく、健康を害することなく、借金することもなければ、職場にも周囲の人々にも迷惑をかけることもなく、自分の稼ぎで飲みまくっている人をアルコール依存症とは呼ばないのではないかと思います。

私の行きつけの飲み屋には、スカトロ系のDVD集めが趣味で、数千本にも及ぶVHS時代からのライブラリーを維持するためだけに引越しまでしたと言う工学系大学教授が常連でいます。私の知る人事系コンサルタントは孫まで居る円満な家族環境があって還暦をとうの昔に過ぎた歳で出会い系サイトに嵌っています。別に誰に迷惑をかける訳でもない彼らと、基本的に全く問題なく普通に私は付き合っています。

主人公は前述の程度のことで、ぐちぐちと大の大人なのに悩み、上司から「インターンが使ったのかもしれないが、お前のPCにウィルスが入っているので調べたら、汚らしい画像などが多数出てきた」などと指摘されただけで、ショックを受けます。人との関係に飢えている妹が転がり込んで来て、(この妻子持ちの上司とすぐ寝たりしては、未練タラタラの電話を続けるのに苛立ったりしますが、その妹に)自分のマスターベーションの姿を見られたからと言って、激昂したりします。

上司に指摘されても、「だからどうした。俺の仕事の質を知っているだろう。問題あるなら、エロ画像チェック用のPCを別途用意してくれ。通信費は自分で負担するから」とか、「俺の妹とすぐ寝てた奴に言われる筋合いはない。どちらが汚らしいか、あんたの奥さんに比べて貰おう」などと言い返せばいいことでしょう。妹が転がり込んで来ても、自分のマンションなのですから、今まで通りコールガールでもデリヘルでもバンバン呼べばいいことでしょうし、妹が文句を言ったら、「厭ならお前が出て行け。人との関りに飢えているなら、俺はセックスに飢えているのでお前が相手をしてもいいんだぞ」とか言い渡せば良いように思えます。

日本の萌え系の作品その他でも、兄妹は典型的なその手の組み合わせですので、何の問題があるのか私には分かりません。「衝撃のラスト」のような表現の映画評もあったので、近親相姦に至って、円満に終わるのかと私は想像していましたが、完全に空かされました。転がり込んで来た妹に自分の性癖を知られないようにしてフラストレーションを貯め、妹につらく当たると、妹の自傷癖が再発して、血まみれの妹を風呂場で見つける羽目になります。それでまたショックを受けて、激痩せし、岸壁にヨタヨタと行って、泣き叫び崩れ込んだりします。

内田樹の一連の著作には、家族こそが迷惑をかけあえる人間関係の基礎であり、最後のシェルターであると言うようなことが書かれています。妹を見捨てるのなら、とことん無視すれば良いでしょうし、それができないなら、最初っから、自分の性癖も含めて兄を認めさせることしかないのではないかと思います。映画評の「人間の底知れぬ孤独」などと言うのも、殆どおままごとの域です。この程度のことでグラグラ来るようでは、日本の書店に並ぶ、誰が読むのか私には全く分からない上野千鶴子の一連の著作に出てくる「“おひとりさま”の生活」など、一週間も持たないのではないかと思います。

妹には隠そうと、一旦、エロ本やDVDや道具などを捨てる場面がありますが、エロ画像集めなどに使っていたノート型PCを入れても、ゴミ袋は大きめのがたった二つほどしかなかったのが大笑いでした。

▲この程度しか記号消費も満足にできないような人種に、「日本は内需拡大せよ」などと冗談でも言って欲しくないなとか、
▲エロを文化として日常に取り込めないから、変な方に精神構造が歪んじゃうんじゃないかなとか、
▲いやあ、NYでさえこんな程度なんだから、米国の何にもないような田舎に住んでたらこのレベルのセックス好きでも、発狂しちゃうんじゃないのとか、
▲(昔、米国の職場で「ゴー・トゥー・ジャパン」と喫煙者に向かって言い渡し、喫煙者が日本の分煙システムに巡り合って安堵すると言うCMがありましたが、)この主人公にも、同じことを言ってやりたいなぁとか…、

色々と考えさせられました。そう言うことを考えるネタに事欠かないので、面白くなさは満点なのですが、DVDは気の迷いで入手してしまうかもしれません。

追記:
 主人公の男をどこかで見たことがあると、上映中にずっと思っていたのですが、『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』のマグニートでした。泣いたり騒いだりした上に、思い詰めておかしな方向に進んでいく男を演じるのがこの男優は得意なのかもしれません。