4月24日の公開から2週間弱。新宿東口至近の老舗映画館である武蔵野館で午後7時35分の回を観て来ました。97分の手ごろな長さの作品です。全国でもたった19館でしか上映していません。都内では辛うじて4館、23区内では銀座、渋谷、新宿の3館です。新宿武蔵野館は1日3回の上映をしていますが、翌週には1日2回に減じていました。歴史の一側面を見せてくれる興味深い作品という位置付けかと思いますが、意外に一般ウケは良くなかったのかもしれません。最近親交のある知己に話すと「観たい」と言うので一緒に観ることにしましたが、それでほんの僅かに観客動員に貢献したように思えます。
私がこの作品を観ようと思い立ったのは、この限定された公開状況が最大の理由かと思います。時々滞在する札幌どころか北海道全部でも上映館はなく、それでいて、全世界的なファッションのブームの中心にいた人物のドキュメンタリーというアンバランスさが気に入ったのです。
ミニスカートを世界に流行させ、この時代を変えたと言われるモデルの少女は「ツイッギー」と呼ばれ、作品タイトルになっていますが、どうもオリジナルの発音と乖離が激しく気持ち悪いので、勝手ですが、この記事では、より原音に近い「トゥイギー」と表記することにします。で、そのトゥイギーが、まさに彗星の如く世の中に姿を現したのは1966年で、私は当時3歳でした。トゥイギーはあっという間にトップモデルとなり、翌年10月には来日までしており、今でも売られているロングセラー商品『森永チョコフレーク』のCMに出演しています。(パンフレットによると、同社のロングセラー商品『小枝』はトゥイギーから名付けられたものであるように書かれています。)
しかし、モデル業はたった4年余であっさりと(21歳にして)引退してしまっていて、その後は、歌手や俳優の活動に移って行き、モデル時代の世界中の誰しもが知っているというぐらいの知名度は失われて行きました。ですから、私は彼女に対する世間一般の熱狂をリアルタイムで記憶していません。実家は婦人服仕立てを営んでいて、ファッションは身近にあったはずですが、ほぼすべてのお客は30~50代ぐらいで、若くても女子高生が既存客の親に連れられて現れることが稀にある程度だったので、言葉として「ツイッギー」は聞いたことが辛うじてあるという程度で、その存在の外見も、世界的な衝撃も、ほぼ全く知らないままでした。
そんなリアルタイムで私も生きている時代の革命的ファッション・アイコンを(少なくとも私の行動範囲の中では)辛うじて東京でしか観られない映画を通して学ぶ機会を得る。それがこの作品の鑑賞動機の最大のモノであったと思います。あとは、『プラダを着た悪魔2』や『アギト 超能力戦争』など観たい作品は徐々に封切られ夏枯れ状態は緩和されつつあるのですが、これらの作品の人気は高く、劇場の混雑が予想されるので、後回しにする中で、ノルマ達成の一助に早めに見ておく作品が必要だったという事情も少々あります。
シアターに入ると、25人ぐらいの観客がいたように見えました。私達も含めて2人連れは4組で全部男女の組み合わせです。私達以外は、50代の男女1組と20代後半に見える男女2組でした。それ以外の単独客の年齢層にあまりばらつきはなく、中心となる30代後半から40代前半ぐらいの層から若い方にも高齢の方にも、多少の広がりがある程度に見えました。男女比は半々か、やや男性が多いぐらいだったように思えます。
私はドキュメンタリー映画を観るのが結構好きです。それぐらい逆に言うとフィクション作品に優れたものが少ないように感じているということかと思います。今年に入ってからも既に『チェイン・リアクションズ』を観ていますし、昨年には『ヒポクラテスの盲点』や『六つの顔』、『サタンがおまえを待っている』、『104歳、哲代さんのひとり暮らし』、『ハッピー☆エンド』、『フード・インク ポスト・コロナ』と6本も観ています。これら以外にも、『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』や『マリア・モンテッソーリ 愛と創造のメソッド』、『BAUS 映画から船出した映画館』、『「桐島です」』は実在の人物の物語ですから、セミドキュメンタリーと言っても良いかもしれません。
そして、このように振り返ってみると、一人の人物の人生にフォーカスした作品が多数派であることも分かります。そして今回の本作もそのグループの一つということになります。そのグループ内で比較してみると、どうも薄味に感じる作品でした。元々想定された魅力はありますし、彼女の登場によって世界のファッションに革命的な変化が起きたと言っても一応過言ではないぐらいの状況が、劇中の半分ぐらいの尺を投じて丁寧に描かれています。それでも薄味に感じるのは、主人公の懊悩とか苦悩とか、矛盾や社会など外部との相克など、そういったものが劇中にあまり表現されていないからだと思われます。
主人公トゥイギーの人生(まだ70代前半で存命なので半生と言うべきかもしれませんが)はあれよあれよという間に、流され運ばれて、そうなったというように見えて、そこに彼女の強い意志も殆ど見出せませんし、当然、何かの流れに抗って道を切り開いた様子もあまり見受けられません。彼女がデビュー当時16歳であったことも、彼女自身の意志や選択がキャリアに反映されていない最大の理由でしょう。彼女がデビューしたというより、業界の色々な人物が連鎖的に彼女を発見し続けた結果であると表現した方が良いように見えます。
勿論、完全な順風満帆なキャリアではないように描かれている部分もあります。例えば、彼女のモデルとしての外見です。従来のモデル体型はジェンダーだのなんだのが世の中に広がる前の段階のデパートのショーウィンドウのマネキンのような、豊満でグラマラスな体型で、髪も長く手入れもセットも入念に行われ、メイクもガッチリと為されて女性的な美を強調しているのが当り前でした。トゥイギーのジェンダーレスな髪型やファッション、そして平板な胸を始めとするグラマラスとは到底言えない体型、メイクもそばかすを隠すこともなく、ただ目だけを強調した状態など、全く常識はずれでした。当然バッシングも起き、痩せていることが良いと若い女性に煽り、女性達を不健康にしているという批判も受けていますし、有名カメラマン4人ほどが、(常識はずれの)彼女を撮影に起用しないと宣言するなどの事件もありました。
さらに劇中では当時のモデルが中流以上の階層の出身でモデル学校に通ってモデルになるという、まさにジョブ型雇用的で学校教育が職業実務と直結している短絡的就労教育構造の英国そのまんまの仕組みになっていたことが説明されています。モデル学校では、外見上似たりよったりの肉感的な金髪ロングの美女たちが筋トレをしたり、立ち姿や傘の持ち方まで基本パターンを「習得」するプロセスが描かれています。
トゥイギーは労働者階級の出身だと、劇中でも本人も何度も繰り返していますし、周囲の人物など数十人の単位で登場するコメンテーターの何人かが言及しています。端的に言うと、高い階級の人々からすると、トゥイギーは本来認められてはいけない人間であったということでしょう。どう見てもコンプレックスと表現すべきであるほど、本人も執拗に自分が労働者階級の出身だと語ります。その背景には、彼女がトップモデルの駆けあがるプロセスの中で、嫌というほど思い知らされた社会構造があったということなのだろうと思わずにはいられません。
日本では「親ガチャ」だの「格差が拡大している」だのと話題になることがありますが、こうした英国の状況を見ると、日本の「格差」と騒がれているものの生易しさが非常によく分かります。因みに英国社会は最終的に労働者階級の出身のトゥイギーの躍進が留まる所を知らないので、逆に「爵位」を与えて、中級以上の層に組み込むことに後日したのでした。非常に歪んだ階級志向だと思えてなりません。
さらに、有名になると、メディア露出自体が彼女に偏見をまるまるぶつけて来ています。記者が「水着を着て見せてくれ」と要求したり、「16歳なのに、首相より稼いでいるんだろ」とか、「労働者階級主神であることがハンデにならないか」などのような、大分侮蔑的な色彩の強い発言をしています。さらに、テレビ番組でまだコメディアンとして漸く名前が売れ始めた頃のウディ・アレンと会話する番組が組まれていますが、「好きな哲学者を挙げてくれ」などとウディ・アレンが見下したようにトゥイギーに振る場面が劇中でも場面丸ごとそこそこの尺を使って描かれています。
このように、この作品は彼女の人生が順風満帆でみなから愛されたものではなかったかのように材料をそろえて見せようと尽力しています。プライベートでも、モデル時代以前からの恋人であり、彼女がモデルになってからはマネージャー気取りの男は、記者会見などの場にも常に同伴しているような存在感で、事実上トゥイギーを支配していましたが、彼女がモデルを引退すると居場所を失い、消え去りました。その後、トゥイギーは年の離れた役者の男と結婚して一女を設けますが、この男との関係で、トゥイギーは右も左も分からない10代のおねえちゃんから、大人の女性へと蝶の羽化のように変貌します。しかし結婚生活も10年ほどで、男がアル中を治すことができず、死亡して終焉します。(この後、また役者の男と再婚し、その後の生活は安定的に40年近くが過ぎています。)
男との別れただのくっついただのは、もっと何度も重ねている人間は一般人でも芸能人でも存在します。未婚で子供を設けてみたり、アフリカの飢餓地帯の子供を引き取って育てたりなど、複雑な家族環境を創り上げているセレブなども幾らでもいます。そのように考えると、トゥイギーの劇中で描かれる人生は平坦でほぼ何も目新しいものがありません。
キャリアの方は先述のような批判や侮蔑・中傷が有ったとは言え、その程度はネット時代のイマドキならもっととんでもない炎上などを経験することがあるぐらいでしょうから、全然大したものではありません。実際、トゥイギーのキャリアがそのせいで歪められたり、断ち切られたりするようなことは全くなく、次々と業界の大物が彼女を見出してキャリア上の次の機会を創り、彼女はそれに甘んじることでどんどんキャリアを押し広げ、自分の価値を高めることに成功しています。
当然、映画出演、さらにそれに続くミュージカル出演、自分の冠番組を持つことや、テレビドラマの主役抜擢など、その都度与えられた期待と機会に応じて、努力を重ね、知見を蓄積していくことはあったでしょうから、のんべんだらりと人生を送ってきた訳ではありません。しかし、究極の「置かれた場所で咲きなさい」のスペシャル・コースであるようにしか見えないのです。
これであれば、先日観た『恋愛裁判』でも描かれたような、日本の世界でも類例のない「商品としてのアイドル」の方が、トゥイギーより何十倍も努力しているように感じられてなりませんし、それなのに、トゥイギーの数分の一も社会に影響を与えるような実績を上げることもできないどころか、殆ど無認知で消え行くグループも幾らでもあります。そのように考える時、トゥイギーの半生は、まるでベルトコンベアーに乗せられた商品の段ボール箱や皿に乗った寿司が、あれよあれよと運ばれて行く様子を見せられているように感じられて、薄味の人生描写に陥ってしまっているように感じられてなりません。
似たような人生の軌道を記録した秀逸なドキュメンタリーがあります。私が劇場で観た『スージーQ』です。私の大好きなロック・シンガー、スージー・クワトロの物語です。家族でバンドをやって巡業するような子供時代を送り、そこからロック・シンガーとして独立することになった時、家族との間に映画撮影時に至るまで明確に残る家族との確執が生まれます。
それほど望んだ訳でもなく自分が好きなジャンルの音楽でもないのに、サイケデリック・ロックと日本では評された独特のロックのヒットを次々と飛ばし、日本をはじめ多くの国々でいきなりスターダムに伸し上がります。しかし、米国ではなかなか支持されず、テレビドラマに進出することになります。その際に、最愛と思われていたギタリストの夫が、彼女のキャリア・チェンジに置いてけぼりにされ、二児を残して彼女のもとを去っていきます。
さらに特に素晴らしく有名ではありませんが、ミュージカルのプロデュースにまで芸域を広げた彼女は、今でも往年のヒット曲に加え、新譜の曲まで披露しつつ、ライブ・ツアーに出掛けています。トゥイギー程ではありませんが、世界的に有名になって、キャリア・チェンジを経て、芸域を広げ、今尚ファンから支持される存在になっています。しかし、人生で得たものの蔭に、必ず大きな失うものがあったと彼女は語っています。感想の記事の一部を引用します。
[以下引用↓]
米国では(所謂ソープ・オペラ的な)テレビ番組にスージー・クワトロ的な人物の役で登場し知名度を上げ、その後、スージー・クワトロはミュージカルのプロデュースにまで打って出て、芸域を広げます。傍らでロック・ミュージシャンとしての活動も細々としていたようですが、ロックの世界から離れたことにより、最愛のギタリストの夫が二児を残して彼女の元から離れて行きました。
この映画は全編を通して、何かを得たら何かを失うスージー・クワトロが描かれていると言って良い構造になっています。現実にインタビューでも、彼女自身がその人生観を繰り返し繰り返し述べています。14歳で家族のバンド活動にのめり込み、学校生活が儘ならなくなって、学校も中退します。彼女は海外ツアーから戻って周囲の同年代の子供達を見渡した時、自分が全く違う世界にいて、周囲のティーンエイジャーが得ていた幸せを代償にバンド生活ができていることに打ちのめされたと言っています。
ソロデビューのために家族を捨てて、その結果、今に至って完全な和解に至っていません。米国での活動の幅を広げることを決断したことは、本人は積極的な動きと捉えていますが、その結果、今度は夫を失いました。それを後悔していないというのは嘘だと本人が言っています。それでも、自分は今の道を選ぶしかなかったという諦めが、「スージー・クワトロ」という存在をファンに提供し続ける彼女の使命であるという覚悟と共に、作中終盤語られるのです。
[以上引用↑]
時間(年齢)を横軸、実績や認知の大きさを縦軸にとったグラフで、トゥイギーとスージー・クワトロを比較すると、大分スージー・クワトロの方が山が低くなりますが、それでも、かなり似た職業人生のありかたが浮かび上がります。
劇中で往年の美少女女優ブルック・シールズは称賛しまくり、名優ダスティン・ホフマンも彼女の才能に言及し、彼女の(当時映画俳優も含めたセレブの間で当たり前に期待されていた)上品さとは懸け離れた大口を開けた大笑いが常に続く様子を述懐したりしています。笑いながらただベルトコンベアーで行きつく先で努力をそれなりにはして、何故か挫折がほとんど発生しない人生。そこには、逡巡も懊悩も自省も生じていないように見えることが、スージー・クワトロの重苦しい涙ながらの独白と比較するときに明白になります。
スウィンギング・ロンドンと呼ばれるカルチャー・ムーブメントが、パンフの中の用語集に載っています。モッズを先駆けに、労働者階級出身の若者たちの階級社会や大人への反抗から生まれたもので、トゥイギーやビートルズ、マリー・クワント、マリアンヌ・フェイスフルが牽引した、自由で開放的な若者文化だと説明されています。その空気感がトゥイギーの言動やファッション、さらに、多数の有名人のコメンテーターの回想や述懐で非常によく理解できる作品です。しかし、先述の通り、何かウェハースを食べているような記憶に残らない後味の作品でもあります。当時の記録映像集として一定の価値があるので、ギリギリDVDは買いかと思います。
追記:
劇中で彼女がなぜ本名のレズリー・ホーンビーではなく、トゥイギーとしてデビューしたのかについて述べられていなかったように思います。細い四肢の印象から、デビュー前から「トゥイギー」という渾名で呼ばれていたということのようですが、新聞に「(19)66年の顔」として紹介された際に、なぜ「トゥイギー」になっていたのかが分からないのです。劇中では端的に「トゥイギーではなく本名のレズリー・ホーンビーだったら、これほどまでに皆に記憶されなかっただろう」のようなコメントがなされているだけです。この記事タイトルづけをした記者か編集者の卓見は強く言及されて然るべきであるように思えてなりません。