『ブラック・ショーマン』

 9月12日の封切からまる1ヶ月以上経った10月中盤の水曜日。ピカデリーで不発駄作作品の『俺ではない炎上』の鑑賞直後に観て来ました。夜9時45分からの回で、終了は完全に終電時間過ぎの枠です。

 先の『俺ではない炎上』同様に鑑賞後の週末になってからチェックして見ると、この作品は封切から1ヶ月以上を経て都内では36館もの上映館があります。新宿でも(歌舞伎町の超高価映画館も含めて)4館、池袋では3館も上映と言う大人気ぶりで、鑑賞時点でピカデリーでは1日2回の上映がされていました。ただ週末に入り、上映館数は多くても、観客動員は大分息切れ状態のようで、上映回数がどの館も1日1回程度に減らされています。

 東野圭吾原作の推理物です。この作品の上映と併せてTVerでテレビシリーズ『ガリレオ』全話が公開されました。このシリーズの映画版はDVDでみな観ているのですが、テレビのオリジナルは観たことがありませんでした。この機会にとシーズン1と2の両方の半分以上のエピソードを観てみたら、結構楽しめました。そこで、TVerでも、その他ネットでも、テレビでも、あちこちでかなり広告が流れているこの作品の福山雅治・有村架純を観てみるのも悪くはないかと思い立ちました。

 シアターに入ると、流石に平日水曜日の終電時間枠は観客動員が厳しく、私以外に観客はたった3人しかいませんでした。全員単独客で男性は30代と50代らしき人物が各々1人。女性は30代らしき人物が1人でした。

 観てみると面白いとは思いましたが、犯人の犯罪動機が個人的には「こんなことで人の家に火をつける決断をするかな」と疑問が湧くものでした。犯人が殺人を意図していた訳ではありませんが、着火しようとしていた所を家人に発見されてしまい、やむなくその流れで加人を殺害したという話です。そのような事件が起こる背景の情報は、映画.comの紹介文でまあまあ述べられています。

[以下引用↓]

超一流マジシャンが殺人事件の謎に挑む姿を描いた、東野圭吾の人気ミステリー小説「ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人」を、福山雅治主演、有村架純共演で映画化。

コロナウイルス流行後、観光客が遠のき、かつての活気を失ってしまった町で、多くの教え子に慕われていた元中学校教師・神尾英一が何者かに殺害される。父の訃報を受け、2カ月後に結婚を控えていた娘の神尾真世が、実家のある町に帰ってくる。父はなぜ殺されなければならなかったのか。真実を知りたいと願う真世の前に、元マジシャンの叔父・神尾武史が現れる。かつてラスベガスで名を馳せた武史は、卓越したマジックの腕前とメンタリスト級の観察眼、誘導尋問を武器に、真世とともに事件の謎に挑む。

神尾武史を福山、真世を有村が演じるほか、仲村トオル、生瀬勝久、成田凌、生田絵梨花、森崎ウィンらが顔をそろえる。監督は「コンフィデンスマンJP」シリーズの田中亮。

2025年製作/127分/G/日本
配給:東宝
劇場公開日:2025年9月12日

[以上引用↑]

 さらに、『ラストマン-全盲の捜査官-』の主人公や『ガリレオ』の主人公のように警察に招かれている立場でもなく、被害者の弟という、敢えて言うと、あやふやな立場の主人公が滅茶苦茶に捜査に介入しているのにも、何か不自然さを強く抱いてしまいます。犯人の割り出しも、関係しているであろう、今は社会人となっている被害者の教え子たちを彼らが通った教室に集め、ショー的な演出を散々見せつつ、追い詰めていき自白に至らせています。主人公の捜査介入の中でも(この映画の最大に見せ場ではあるのですが)最も不自然な場面です。

 プロジェクション・マッピングを用いて死者の表情を自分に被せてみたり、自分が捏造の加工をした被害者の葬儀の場での彼らの様子の映像を見せたり、色々なショー・マジシャンの演出を重ねてはいますが、結局は怒鳴りつけ、脅迫じみた迫り方で自白を導き出しています。こんな行為を警察が知ったら普通は何かの理由を挙げて反対しそうなものですが、なぜか彼の演出が終わるまで警察は校舎外に待機していたかの様子で、自白後の犯人が逃走・自殺を図った後に、示し合わせたように迫って来ています。結構無理のある展開に見えました。

 主人公の福山雅治も、キャラのふり幅が狭くて観ていて辛い感じがします。私が知る彼が主人公を務めた作品群の中で言うと、『SCOOP!』ぐらいには冒険して欲しかったと思います。『ガリレオ』シリーズ、劇場版がトレーラーでも流れていたテレビシリーズ『ラストマン…』の2作のイメージが強すぎて、殆ど区別がつきにくくなっています。探偵・捜査官といった範疇の役柄の中で、インテリ・テイストなのが『ガリレオ』シリーズで、凄い盲人設定なのが『ラストマン…』で、今回はワイルドテイストという感じの味付けが僅かな違いを生んでいるだけで、皆同じ範疇に入っているように見えるのです。

 よく木村拓哉は何を演じても木村拓哉と言った話を聞きますが、それでも『武士の一分』や『無限の住人』などの彼は結構いつもの「木村拓哉」ではなかったと思いますし、私があまり観ていないテレビドラマの彼も、モノによってはそれなりに「木村拓哉」離れをしていたのではないかと思います。福山雅治にもその傾向が見られ、少なくとも「捜査に関わる福山雅治」は誰を演じても「捜査に関わる福山雅治」になってしまうというのは、それなりに本当であろうと今回思えました。

 物語を観ていて、村興しネタを散々ブッ込んで来るので、どこに話を持っていくのだろうと思っていましたが、村興しネタにされそうになっている漫画家が犯人であるだけで、殆ど村興しには関係がない話でした。空疎な村興し失敗ネタを穿り返して、その矛盾の皺寄せが殺人となって現れるという展開だったら、結構見所のある物語の展開になったように思えますが、全くそうではありません。村興しに関わる同級生や同窓生たちを大量に登場させるので、そのアリバイ検証や動機の検証などを行なうだけで時間が費やされていましたが、127分持たせるのはきつかったように感じます。

(比較論で言えば、直前に観た『俺ではない炎上』の方が、非現実的で馬鹿げた話を延々展開して125分にしたもっとひどい事例でしたが…。)

 有村架純は(殺された父の弟という意味で)「オジサン」である福山雅治との掛け合いがまあまあ面白いのですが、敢えて言えば、ただそれだけです。後は血の巡りも悪く、次々現れる同級生のエピソードを説明してくれるだけの役に成り下がってしまっていて、彼女が他作で見せるような肌理細かな感情表現がほぼ全く活かされていない作品に見えました。

 この作品を観て、元々期待していなかったお楽しみポイントがありました。一つは岡崎紗絵です。健全セクシー系の美人顔で、ウィキに「岡崎座と呼ばれて」いると書かれている黒子も本作でもチャームポイントになっているように見えます。私が彼女を辛うじて認識できたのは、新木優子狙いで観た『トレース~科捜研の男~』でしたが、顔と名前が一致する状態で明確に認識できるようになったのは、TVerで観ていた『なんで私が神説教』なる変なタイトルの(観てみると全然説教ではない程度の「教師の発言」話を描いた)ドラマからです。

 主演の広瀬アリスは顔芸が面白いだけで、寧ろ、木村佳乃のコメディエンヌぶりがしこたま楽しめる作品でしたが、ドタバタの中で信念無き若手教諭の岡崎紗絵もかなり目立っていて、漸く認識に至りました。その彼女が本作では、田舎町から上京して大手広告代理店のバリキャリ担当者になって、例のヒット漫画家に取り入ってまとわりついていますが、微エロ系の非常に適切な配役に見えます。

 あとは、仲村トオルもちょっと楽しめました。私にとっての仲村トオルはどうしても 連載当時コミックで読んでいた『ビー・バップ・ハイスクール』の実写版の彼で、それ以降、彼が何にどんな役で出ようとも、その印象が覆されることがありません。ただ、最近DVDで観た『映画ネメシス 黄金螺旋の謎』で広瀬すず演じる主人公の父を演じていますが、志半ばで殺害されてしまっています。この『映画ネメシス…』を観た時には印象に残りませんでしたが、今回の作品を観て「また死んでしまう父かい」とふと記憶が蘇りました。

 他にもあったなと何かおぼろげな記憶があったので、AIさん(copilotさん)に仲村トオルが死んでしまう父を演じた作品を挙げて欲しいと頼んでみたら以下の結果が出て来ました。

[以下引用↓]

◆『ブラック・ショーマン』(2025年)
 仲村さんは主人公の父・黒門正義役。物語は彼の死をきっかけに展開します。
◆『海猿 THE LAST MESSAGE』(2010年)
 仲村さんは池澤真樹役。海上保安官として活躍するも、事故に巻き込まれて殉職します。シリーズの中でも感動的な死の描写が話題となりました。
◆『Destiny』(2024年)
 仲村さんは亀梨和也演じる野木真樹の父・野木浩一郎役。物語の中で亡くなっている設定で、過去の回想などで登場します。

[以上引用↑]

 私が知っている『…ネメシス…』を加え、且つ他にもないか確認してくれと頼んでみると、単純に『…ネメシス…』を加えた芸のない答えを返してきました。そこで、仲村トオルが物語の途上で死んでしまうケースを洗い出すように頼んだら…

[以下引用↓]

「『イグナイト -法の無法者-』2025年 宇崎凌の父 事故で死亡。主人公が弁護士を志すきっかけに。」

[以上引用↑]

と渋々という感じで、付け足してきました。『海猿』シリーズも『Destiny』も『イグナイト…』も私は観ていないので、分かりませんが、少なくとも、観ていない以上、私が「他にも何かあったような…」と思っている作品ではありません。ふと亡くなった仲村トオルが警察官だったような気がしてきました。そこからAIさんに聞かず、自分の記憶を手繰ってみて、それがDVDで観た『殺人分析犯』シリーズであると、とうとう思い出しました。『SICK’S ~内閣情報調査室特務事項専従係事件簿~』シリーズを観た後に、木村文乃をもっと観るべくDVDでシリーズ前作を観たのでした。

 こうしてみると、仲村トオルは、主人公の父などの立場で、死によって物語の構成に貢献するケースが随分多いように思えます。これをどう捉えるべきか分かりませんが、映画で観た『死体の人』を地で行っているリアルな実例のように感じないではありません。「捨て身の自爆攻撃で作品に貢献する俳優」という印象がぼんやりできて、『ビー・バップ・ハイスクール』の強烈なイメージが多少は揺らいだようには思います。

 犯人の漫画家は学生時代に苛められっ子でしたが、スポーツ学業万能のスター生徒が彼の優れた描画能力に憧れ友達になった所から、二人でいつか漫画を描こうと交流を始めます。イメージで言うと『バクマン』や『ルックバック』にあるような典型的な展開です。スター生徒は描画では到底叶わないので、物語案をノートに書きためて行きますが、在学中に不治の病となり、夭逝します。一方、漫画家を志すことにした苛められっ子は、出版社に持ち込みを行なうものの、今一の評価を受け続け芽が出ません。

 その際に、早逝した親友のノートを親友の母から託され、その中の企画案をそのまま採用して大ヒット作を生み出します。親友の母もそのノートの中身を見ていないようでしたし、母は親友の死の前の言葉として、ノートをこの苛められっ子に託すように言われています。文章化はされていないものの、現時点でもまだ存命の母が明確に自分の息子の遺志としてノートを託しているのですから、このノートのアイディアを使うことが盗用には当たらないように私には思えます。

 しかし、何十年ぶりかに同窓会に招待された被害者の教師は、早逝した優秀な生徒の作文の中に、彼のアイディアが書き込まれているのを発見し、それが村興しのネタとしても期待されている大ヒット作の企画であることを知ってしまいます。それでそれを糺そうとしてではなく、多分、今は亡き親友との思いを託された素晴らしい作品を実現した漫画家として、その事実を公開するように元苛められっ子漫画家に奨めるのでした。

 先述のように本人の遺志によってノートごと託されていますし、仮に盗用の疑惑を回避するのなら、さっさとそれを美談として公表して、存命の親友の母などに、印税の一部を寄贈するなどのことをしてしまえば、全く問題はなかったことでしょう。もっと踏み込むのなら、先手を打って公表して、「クレジットしなかったことは創作者としてあるまじきこと」とファンと死者に対して謝罪し、共著者として死んだ親友を組み入れ直せばよいだけのことでした。これでも社会的には全く問題なく美談として受け容れられたことでしょう。

 ところが、成田凌演じる漫画家の選択した行動は全く異なります。なんと恩師が上京して不在になるタイミングを察知して、家ごと作文を焼失させてしまおうとしたのです。そして、その結果は先述の通り、放火には失敗しますが殺人を犯すことになったのでした。どうも何やら無理のある話に思えます。

 その上、先述のようにマジシャンの捜査介入は不自然ですし、自白の強要も別にマジシャンの各種特殊効果を経なくても普通にできてしまいそうですし、警察のその自白強要プロセスに対する関与も不自然な話に堕してしまっています。その上、物語展開の上では、多数登場する同窓生・同級生のエピソード紹介に時間を割き、ただ徒に本命の事件構造から目を逸らせるだけの表層的な演出が延々と続いて長めの尺を埋めることになっているのです。

「捜査に関わる福山雅治」のワイルド・テイスト版は一応楽しめましたが、それなら定番の『ガリレオ』シリーズや変則盲人版の『ラストマン…』だけで十分かと思えます。今となっては人気大女優となっている有村架純を無駄遣いしただけの面も大きな失点に感じられます。DVDは不要です。