『告白』

終了時間が零時を過ぎる、バルト9の平日の夜の回で見てきました。多くの路線で終電過ぎの終わり時間になるにもかかわらず、観客は非常に多く、意外だったのは、若いカップル客が多かったことです。

今年前半、この映画までに見た映画の中で、『第9地区』でも『川の底からこんにちは』でも、「今年のベスト…に入る…」のようなことを書いてきました。しかし、それらをぶっちぎりで抜いてしまうほどの、私にとっての名作でした。凄い映画です。映画終了後、観客がドヨドヨと出口に向かう中で、周囲から「こっわ〜」、「落ちこんだぁ〜」、「目を閉じる暇が無くて、目が痛い…」、「これ、ヒドすぎね?」など、指し示す所がほぼ一緒のコメントが連発で聞かれました。大抵、映画を見てから、すんなり感想は書けるので、このブログにアップするのに2日を要することは殆どありません。しかし、『告白』の感想をなんて書こうかと、既に5日も悩んでしまいました。

劇中、少年AとBは、なぜ松たか子演じる教師の幼女を殺すに至ったのか。少年達には、それなりの理由があります。カウンセリングなどを受けたなら、多分、尤もらしく要因事実として挙げられるであろう材料が溢れています。子供じみている理由ですが、松たか子演じる女教師が言うとおり、少年法ではそのようなことを重視するが故に、AとBが刑に処せられることはないことになっています。このような法倫理的な構造が、大抵の理不尽な犯罪で大切な人を失った人々の苦悩の原因となっているのが一般の映画のストーリーです。そして、大抵、街のちんぴらだったり、ごろつきだったり、犯罪行為を何らの反省もなくおおっぴらに反復し続ける人々が加害者側であり、その様子を見て、被害者の家族などが復讐に打って出るような構造になっています。

しかし、一人、松たか子の女教師は違います。教師として、AとBから(少なくとも表面的には)冷静に事情を聞き、許せないと心に決めるや、教師の職を捨て、何らの迷いもなく復讐に邁進するのです。そこには、AとBに対する何らの情状酌量的な発想はありません。さらに、この女教師の一般の復讐者と異なる所は、自分は殆ど手を下さず、表だって現れない所です。武器も特に使いませんし、何らの暴行もしません。(HIVウィルスを含んだ牛乳を飲ませたと言って最初に少年達に衝撃を与えますが、それさえも実際に行なっていたかは明らかにならないままですし、実際に感染することはほぼあり得ないことを分かっていてやっています)この辺りが、観客が「これ、ヒドすぎね?」と反応する所以と思われます。

松たか子演じる女教師は、在職最後の日に、自分の娘を殺害した者にいのちの重さを理解して貰うことにすると宣言します。それは、「建前」であって、「ホンネ」は業火のような私怨であることは明らかです。しかし、女教師のやり方は、教育者であったことから知り得る事柄と強い意図に基づいた言葉を最大の武器としていて、事実上、「建前」のいのちの重さの指導と作業的にはあまり変わりません。自分の娘の父でHIV感染者である有名教師を尊敬する後任教師にアドバイスしてBを精神的に追いつめ、母殺しの殺人者にしてしまいます。Aは、その優秀な母への想いを逆手に取られ、母からも捨てられた自分を自覚させられ、彼が発明し仕掛けようとした爆弾で、彼の母を爆殺させられてしまいます。最後に打ちのめされたAの前に女教師は現れ、「ここから、あなたの更正が始まる…。なぁ〜んてね」と、自分の母への渇望を正当化し続けてきたAの口調をまねて見せます。その意味で、彼女自身も、私怨が「指導」であったと一応言おうとしていると言うことなのでしょう。

映画のオープニングは、彼女の教職最後の日の教室です。その教室で生徒達は、彼女が退職することを切り出しても尚、まともに話を聞いていません。世の中の学級崩壊の状態がこの程度の平均値であるのか私には分かりません。私が大学で非常勤講師をしていた時、このような教室に向き合うのが嫌で、さっさと受講のルールを作り、私語をした学生に授業を投げ打って、理由を詰問し、私語に関するルールの徹底を、授業の初回に必ず行なっていました。本職の筈の大学教授が何人も私の講義の進め方を見学に来ました。

学びが多く何度も読んだ『下流志向』には、学生達がなぜ学ぼうとしないかについての分析が精緻に為されています。それに対する一応の対処策も載っています。しかし、それを知っても尚、学生や子供達の傲慢さとセットになった未熟さにはうんざりすることが私にも何度もありました。HIVウィルス入りの牛乳を飲んだ生徒から慌てて逃げようとする生徒達の愚かさを女教師が回想して微かに嘲笑する場面があります。映画とは異なり大学生相手で、さらに、大学の他の講義の場と異なり、独自のルールを設定して、学生達の傲慢や身勝手を早い段階で制限して講義を行なっていた私でも、正直、この場面には胸が空く思いが多少はします。

DVDは間違いなく買います。そして、買えば何度も見返すことになるかと思います。