『ひどくくすんだ赤』

 7月26日の封切からまる1ヶ月以上が過ぎた水曜日の午後5時の回を靖国通り沿いの地下に降りる古い映画館で観てきました。同じ並びにある新宿ピカデリーほどではないものの、この映画館にはよく来ていると思います。5月には秀作『見知らぬ人の痛み』を観に来ています。

 一日一回しか上映していず、作品のオフィシャルサイトを見ても、最大時で全国で三館の上映だったようです。非常にマイナーな映画と言わざるを得ません。私がこの作品の存在に気付いたのは、この館に来た際にチラシで観たことだと思います。その後、ロビーに設置されたモニターでトレーラーが流れていたりなどの館内プロモーションが多少盛り上がることがあったにせよ、基本的に広く知られることのないままの作品だとは思います。

 この作品は5人構成の戦隊ヒーローが中年過ぎになり、やさぐれてしまっているような話とだけトレーラーを見て理解していました。ネットやパンフで見ても、交通誘導員のアルバイトで生計を立てつつ酒に溺れる58歳の男が実は嘗て史上最強のヒーロー「稲妻戦隊サンダーファイブ」のリーダー、サンダーレッドであるという話、そして彼が何か取り返しのつかないミスを犯したせいで戦隊全体に影響を与えたことが何となく分かるような文章しか見つかりませんでした。

 それでも、こうした戦隊モノやSFモノのパロディ臭い物語は、例えば『地球以外全部沈没』とか『長髪大怪獣 ゲハラ』など、何となく楽しめてしまうので、かなりゴアっぽい場面もあるような感じのトレーラーでしたが、特に気にせず、観てみたいと思い立ったのでした。たった46分の尺と言う気軽さと、46分で何がどこまで描かれるのかといった疑問解消の好奇心なども動機を構成しています。

 シアターに入って座っていると、最終的に15人ほどに観客数が膨らみました。全員単独客だったと思います。そのうち女性は5人ほどだったと思いますが、その半数ぐらいが20代のように見え、なぜこの作品を観たいのかが全く想像できませんでした。その20代女性数人以外は概ね男女共に私の年齢に近い層で、40代から70代ぐらいの広がりだったかと思います。(男女共に1人ぐらいは30代が居たような気もします。)

 この映画は概ね二つの時間軸を交差させつつ進みます。一つは白タイツ姿の少年少女達が一応特殊機関のように見える施設の寮的な生活スペースや武闘の訓練館のような所で過ごす時間軸です。レッドは特に伸長も高く、他の3人の男子より年上にも見えます。残りは(現在ではジェンダー的に問題がある表現かもしれませんが)紅一点のピンクですが、ピンクはもしかするとレッドよりもさらに年上な感じで、「少女」を卒業しようとしている年齢に見え、特にレッド以外の3人の男子と並んだ時にかなり違和感がありますが、ジェンダーレスな感じで武闘の訓練に励んだりしています。皆、この時間軸のほぼ全編で純粋にヒーローになろうと思い、そのための訓練やそのための自己犠牲の意義を理解しているように見えます。

 もう一つの時間軸はレッドが58歳の廃人未満ぐらいになっている方の時間軸です。グリーンが死んだという報をどこからか受け、その墓参に現れる所から物語は始まります。そして、ゴミ集積場でゴミの分類作業を行なうイエローを訪ねます。イエローは多分最も年が若く、戦隊時代もレッドの舎弟のような立ち位置で、おまけにまあまあの力自慢の代わりに頭が良くないと評されているような人物でしたが、身体全体が痛み辛うじて働くことができているような状態です。イエローは過去のレッドを全く責めない人物で、多分、戦隊解散後初めてか数度目ぐらいに会ったレッドと世間話をします。

「カラダが痛くて夜も眠れないから酒を飲んで寝たい。だから金を貸してくれ」と無心するイエローに、「これを飲んだらスーッと体の痛みが取れるから…」と言って小さなジップロックの袋に入ったカプセルを一個渡します。その時点ではイエローに対してそのような覚悟を隠し持ってレッドが会いに行ったようには見えませんでしたが、それは怪人に捕まってどうにもならなくなった際の自決用の毒薬を戦隊時代に一個貰ったもので、イエローはそのカプセルを無くしたのか忘れたのか分かりませんが、帰宅後に純粋に鎮痛のために服薬し他界します。

 その後、右手がないままに目覚めることもなく病床に伏したままのブルーを初めて訪ね見舞います。そして、「俺が責任を以て終わりにする」と言って、レッドは寝たきりのブルーを扼殺します。ここで初めてレッドの、よく言えば覚悟ある行動、悪く言えば異常な責任感を果たすための犯罪行動があからさまになります。この間もフラッシュバックで仲睦まじく協力しながら訓練に励んだ幼い日々が何度も挿入されます。

 そして、何か政府が用意しているような秘密組織の高齢者・障害者向け施設に収容されたままの車椅子に乗ったピンクにレッドは面会します。額にうっすらと縫い目のある若い長身の男が彼女に付き纏っていますが、明らかに知的な何らかの障害があり、ピンクから「食堂でケチャップを貰っておいで」と言われて漸くその場を離れるものの、すぐに戻ってきてケチャップをもらう用件を忘れている様子です。

 ピンクはレッドに「あなたのことは絶対に許さない」と沈んだ恐ろしい顔と声で告げます。そして、ここまで描かれた若く夢あふれる5人に何が起きたかを語り、レッドを永遠の呵責に陥れることに成功するのです。

 ピンクの語った戦隊の終焉はなかなかの衝撃的なもので、「ひどくくすんだ」が単にくすんだだけではないことが非常によく分かる内容です。

■訓練時から肉体的な力が超人的なレッドは
 5人の中でも抜きんでいていた。
■レッドは、興奮すると逆上して、
 無抵抗な相手を危うく殺してしまうほどだった。
■それでも他の仲間は、逆上したら僕らが止めるからと、
 パワーある彼をレッドにしてリーダーに据えた。

ここまでが純真な子供達の無垢な時間と決定的な誤りの種子が蒔かれる物語でした。その後…

■レッドは自意識過剰で傲慢に偏って行き、
 成長著しいピンクを性的にモノにしたくなっていく。
■ピンクに誰が好きと尋ねると、ピンクは「レッドとグリーン」と答え、
 レッドは何度も同じ質問に同じ答えが来るごとに苛立ちを募らせた。

 そして、事件が起こります。街外れの公園に現れたイカ怪人親子三体に対して出動し、戦隊全体で追い詰めますが、基本的に怪人親子はどちらかと言えば無抵抗に近い状態であるのに対して、レッドが一人「また悪事を働く気だろう!」と父親らしきイカ怪人に殴り掛かります。

 既にその時点で他のメンバーが止めようとするぐらいの逆上ぶりでしたが、その暴力を避けようとしたのか、少しは抵抗しようとしたのか、多分父イカ怪人が腕代わりの触手を一閃すると、ブルーの右腕が切断されます。うずくまり苦悶するブルーと、多分戦隊で初めての物理的で決定的なダメージに残りのメンバーが動揺します。そしてレッドだけが逆上を上塗りし、「おまえ。何やってんだぁ!」と多分父イカ怪人の触手を手刀でぶった切り、引き摺り倒し、馬乗りになって暴拳を振るい、無抵抗のままのイカ怪人を超人的なパワーで殴りつけ続けるのでした。苦悶するブルーは放置されほどなく気絶したようです。

 残った3人のうちグリーンが、「もう怪人は抵抗していないよ」とレッドを止めようとしますが、ピンクを巡る恋敵のグリーンを「俺はお前より強いんだよ」と殴り飛ばします。さらに「もう…」と止めに入ったピンクを「俺はグリーンより強いんだよ。俺のものになれ」のようなことを言って、突如、ピンクのスーツの下半身を剥き、ピンクをその場で強姦するのでした。そして残った舎弟筋のイエローには、「おまえはあっちに行って人が来ないように見張ってろ」と命じて抽挿を重ねるのでした。

 この事件で戦隊は結成後半年で解散することになったようです。このアオカン強姦一回でピンクは妊娠し、中絶を希望しますが、組織がピンクとレッドの子供なので研究対象にしようと考え、産んで育てることになります。その後、この男児は脳内を開けての侵襲性の高い調査を何度もされ障害を持つに至りますが、何等の超能力も持たない普通の人間であることが分かっただけでした。この男児が例のケチャップを取りに行けない若者です。

 グリーンは幼い頃、寮室のベッド端にレッドと並んで座りキスを求めたりしています。子供の頃から同性愛者でした。レッドはノンケでしたが、グリーンの想いには応えています。しかし、そのグリーンはその優しさ故にピンクの愛情対象にもなり、戦隊解散後はピンクの最大の理解者となり、結婚します。しかし、二人の間に子供ができることもなく、嘗ての公園で自分の目の前でレッドがピンクを凌辱した結果である義理の息子を直視することができず、ピンクを心から愛しつつも、その苦悩に苛まれ、例のカプセルを飲んで自殺したのでした。

 見ていると、もしかするとレッドの戦隊随一の爆発的なパワーは逆上する精神構造とセットなのではないかとも思えてきます。ただカラダそのものが頑丈であるのは間違いなく、交通誘導の作業中にボーっとしている所を真正面から軽トラか何かに跳ね飛ばされますが、吹っ飛びはしたものの、事実上無傷で、周囲の作業員が「完全に死んだと思った」などと驚愕しています。

 しかし、思春期故の閉鎖環境での恋煩いやら諸々の勘違いやら、色々な事柄が重なった結果かもしれませんが、いずれにせよ、レッドひとりがクズ過ぎます。逆にレッドは現在の時間軸に至るまで、自分がやったことの重大さや、その結果、他のメンバーや関係者に取り返しのつかない被害や問題を齎したことに、どの程度自覚的であったのか、よく分かりません。どうも、グリーンがピンクと結婚していたことも知らず、グリーンが自殺したことも知らないようなのですが、死んだ事実と墓の場所だけ知って、前述の墓参に至ったということのように思えます。死んだ経緯も知らなかったようで、「俺達でも死ねると分かった」というのが、過去のメンバーに会う行脚の直接的動機のように語っている場面があります。「死ねる」と分かったので全員死んで終わりを迎えるべきという発想でしょう。

 分からないと言えば、戦う相手の怪人たちは人間社会からどのように認識されているのかもよく分かりません。『PERFECT DAYS』の役所広司のような清掃作業を事件の際に(パンフによると)45歳だったイカ怪人母は70歳の老女になってオタオタとやっていますが、レッドと邂逅し色々な誤解から路上で揉め事になると、まるで野良犬の回収係のような車が来て捕えられ、ガス室のような所で命を奪われてしまいました。一見、EUに流れ込んだ難民のような扱いかと思っていましたが、人格・人権さえ全く認められていないようなのでやや違うように見えます。

 それらに対して元々戦隊は何をすることになっていたのかとか、大体にして、社会にワラワラと怪人がそこここに存在するのにたった5人の戦隊一隊でどんな対応ができるのかとか、謎は多数残りますが全く説明されていません。

 さらに言うなら、元々この5人はどんな特殊能力がどの程度あるのか全くよく分かりません。拳法を教える担当者さえブチ切れて血の海に沈めるようなレッドも、子供の姿をしているから「無敵感」がありますが、別に子供の姿をした大山倍達だと思えば、わざわざ特殊機関に集めるほどの凄さは感じません。そのような能力の問題と言うよりも、寧ろ、何か遺伝子的に新しい人類的な存在であるというのなら、『亜人』の亜人のようなものでしょうから、特殊機関で研究するのは尤もらしいですが、別に彼らで戦隊を組織しなくても良さ気です。『亜人』でも佐藤を始めとする反乱分子は亜人で構成される集団になって行きますが、対する政府側の正規部隊は夥しい数の警官(SAT隊員含む)や自衛官であって、亜人の組織で対抗しようとは(少なくとも公式には)考えていません。

 これが同じ遺伝子異常の結果でもXメンぐらいのとんでもない能力を持っているというのなら、話は別ですが、どうも5人の子供達にそれほどに異常な能力があるようには見えないのです。さらに素朴に疑問なのは、ピンクに中絶を断念させ、何の能力も見当たらなかった息子共々専用施設で生かし続ける「本部」とは一体何処のどんな機関なのかが全く分かりません。この辺の描写が全くないので、この作品は単にヤサグレ中年のレッドが昔からどんなクズで、何をやらかしたかを暴く、まあまあ衝撃のノンフィクション風物語に収まっています。

 レッドがリーダーというのは戦隊モノの一応の鉄板のようで、5人も色選びをする際に、それを意識して最後にキレて見境なくなることを(少なくとも当時は)猛省して「リーダーはダメだ」と辞退する(後の)レッドを最後にブルーが持ち上げ、レッドを引き受けさせています。

 特撮ヒロインのAVの(今や)専門メーカーとなったGIGAには戦隊モノの作品が多々存在します。ファンによる投稿の案で比較的よくあるパターンは、リーダーのレッドと紅一点のピンクが第一波の敵を倒した後に満を持して結婚しますが、レッドは真面目な思い込みの激しい正義感でセックスが単調でピンクが性的に満たされなくなっていきます。そして復活した悪の組織の幹部だの首領だのが、ピンクの満たされないエロさを見抜き、NTRに成功し、ピンクの寝返りにより戦隊全体が崩壊する…と言った物語です。

 戦隊内の色恋沙汰で揉めるパターンも少々ありますが、どちらかというと、リーダーのレッドを巡って、ピンクとイエローなどの女性メンバー二人が揉める展開が多いように思えます。そのような意味で、グリーンを同性愛者にして、グリーン・レッド・ピンクの変則的な三角関係を事件の前後で全くの別物として描き、苦悩のグリーンが自殺するなど、近代日本小説のような展開を見せた面白い物語です。また、二つの時間軸の輝いていた思春期の彼らと、どうにもならなくなってしまった中年過ぎの彼らを対比させる演出も非常に秀逸です。しかし、短い尺とは言え如何せん、設定が不十分である所がきつい所かもしれません。(設定の杜撰さ勝負で言うなら、私が劇場で観た中では『唐獅子仮面 LION-GIRL』よりはかなり杜撰にならずに済んだ…ぐらいの位置づけです。)

 車椅子のオバハンとなったピンクを演じた金谷真由美という女優はパンフで…

「さらに松澤さんは「金谷さんにはピンク役をお願いしたい」と。
 狂ったか、松澤さん。だって私がピンクですよ??
 しかし脚本を読ませて頂いたら納得しました。
 くすんだ赤に、くすんだピンクか、と。
 ひどくくすんだピンク。つまり、ほぼベージュでした。
 映画では子役さん達が、くすむ前のキラキラした頃を演じています。
 ピンク役の岡崎愛莉さんがなんとも愛らしくて。
 でも、ベージュになるんです。 
 色々間違えると。力の使い方とかリーダー選びとか」

と語っています。文中の松澤さんはレッド役の男性です。非常に「言い得て妙」なツボを衝いた文章だと思います。

 映画.comのレビューの中には、出演していた子役に完成作品を大人になるまで観て欲しくないという内容のものもあり、私もかなり共感します。社会全体や大人の醜さや愚かさを知ることは重要で、私は「教育上よくないから」などの馬鹿げた理由でラブホテルや風俗店を学校などの教育機関から距離を置かせる制度に非常に批判的な私です。しかし、自分が子役として渾身の演技をした先に待つ成長した姿に幻滅しか見いだせない物語によって、社会全体や大人の愚かさを教える必要はないでしょう。少なくとも、彼らのプロフィール欄にこの作品が載らなさそうな気がします。

 パンフの中で監督が「海外には、大人が楽しめる凋落したヒーロー物語が多いですが日本にはあまりない」と書いていて、それがこの作品の制作動機の一部であるように書いています。それは海外の大人が大人のままの物語しか受け付けられないマインドの持ち主だからではないかとも思えますし、豊潤なSFの設定や物語は、やはり記号消費社会全世界随一の日本でこそ生まれるとも思えます。ただ、単に凋落した中年以降のヒーロー物語だけを刳り貫くと、最近連載の終った『ヒロアカ』も中年専門ではないので、確かにあまりないかもと思い至りました。ここ最近DVD化もされて、できれば見てみたいと思っている『キボウノチカラ~オトナプリキュア’23~』も、敢えて言うなら近接ジャンルであろうと思われますが、中年の悲哀が描かれている訳ではありません。

 数日間、その無意識の探索が続き、色恋沙汰も公園の衝撃の同僚女性アオカンレイプ事件もないものの、『仮面ライダーBlack Sun』がかなり近い位置にいることに気づきました。怪人が人間と生活を共にする社会での事件を描く物語で、彼らが若く大学で学生運動を行なっていた頃と時間軸がクロスしながら物語が進むことにおいても、本作と狙ったところがかなり酷似していることが分かります。その上で、『仮面ライダーBlack Sun』は政府やら陰謀集団やらが暗躍しつつ、怪人の起源まできっちり設定されています。こういった事柄を46分の尺の低予算映画に求めるのは無理があるのかもしれませんが、『仮面ライダーBlack Sun』と並べる時、この作品の杜撰な設定の弱みは明確になってしまいます。

 それでも予算や尺など色々考え併せる時、評価されるべき作品であろうと思われてなりません。DVDは出るなら買いです。

追記:
 主演男優(パンフのピンクのコメントにある「松澤さん」)がロビーに居たので、パンフの表紙にサインを貰って来ました。「白ペンと赤ペンと両方ありますが、どちらの色がいいですか」と私の目を見て尋ねる好印象の眼鏡男性で、かなり劇中の役柄と異なる人柄のようでした。