『腐女子彼女。』

新宿、明治通り沿いの映画館で見てきました。上映3週目平日夕方の回は、かなり広い劇場内にたった10人弱の観客しかいず、そのうち半分は、腐女子なのであろうかと思われる人々でした。

「美人だけど、中身は“ガンダム”や“エヴァ”をこよなく愛するオタクの年上彼女と…」と言う『ぴあ』での紹介文句に惹かれて見に行くことにしてみましたが、どうも、そういう部分はほんの少しの例外を除いて殆ど言っていいぐらい登場しません。なにか拍子抜けの映画です。

腐女子とはこんなもんだと言われれば、そのようなものなのかもしれませんが、どうも、脚本か監督のいずれかか、若しくは両方が、腐女子の生態を精緻に把握することなく、勢いや自己満足で作った作品のように思えてなりません。腐女子が趣味に凝る結果、アニメイトやコスプレショップ、さらにアニメイベントなどの場で、変な言動に走るだけの人々に描かれているように見えてなりません。まあ、面白ければよいのかもしれませんので、それはそれで結構なのですが、やはり、薄っぺら感は否めません。(この点は、例えば、『下妻物語』と見比べたら、論を待たないように思います。)

例えば、主人公の腐女子ヨリコが年下カレシのヒナタを二次コンに育て上げようとすると、ヒナタが、「では、二次コンになって、三次元のヨリコさんには興味がなくなっていいのですね」と一言言うだけで、悩みこんでしまう場面があります。腐女子ならではの、なかなか深い懊悩の筈ですが、その後、このポイントは全然掘り下げられることがありません。

さらに、『ハガレン』からの“等価交換”で、ヒナタが「ヨリコさんに三次元の良さを教えてあげます」と宣言していて、この二人は早々に同棲を始め、同衾している場面も頻出しますが、彼らの性生活に関しては、全く手がかり一つ登場しません。同衾の場面は、ただ並んで寝ているだけです。BLの妄想に走るヨリコは、ヒナタが大学の同級生と仲良くすると妄想と嫉妬が交錯する状態に陥りますが、ならば、ヒナタとの性行為も、その嫉妬や妄想が混じりこんだ倒錯したものになっても良い筈ではないかと思えたりもします。

ヒナタは、夏の花火の下での、ヨリコとの多分初デートのような場で、告白とキスに至りますが、その前に、わざわざ「手をつないでいいですか」と大声で聞くような初心な男です。そのヒナタが、年上の憧れの彼女と早々に同棲に入ったら、相手が腐女子かどうかなどよりも、セックスが常時でき、かつ、恋愛対象の女性の生態を目の当たりにする、新たな生活への戸惑いやら充実感やら悦楽やらの方が彼を飲み込んでしまうのが普通であるように思えてなりません。私が大好きな山本直樹の私が大好きな『あさってDANCE』も、そういうシチュエーションの主人公の大学生スエキチの心の機微が細やかに描かれた秀作です。

逆に、「三次元の良さを年上彼女に教えられる」ほどに擦れているのがヒナタの本性ならば、ヨリコも言うように大学でも女子に人気のはずですので、面倒でわがままで友達に紹介するのも恥ずかしいようなヨリコなど早々に捨ててしまうなり、フタマタの片方か、年上の金づるオンナぐらいに位置づけるのではないかと思えます。

さらに、映画は、半ば過ぎで、ヨリコのロンドンへの異動が決まって、突如として、普通の恋愛ドラマに変貌します。そこからの展開が非常にもたつき、どこにも腐女子っぽさが見当たらないままに後半が過ぎ行きます。エンディングの二人の会話は漸く腐女子とそのカレシのテンポ良いやり取りに戻るのですが、それまでは、ずっと、ヨリコがヒナタを捨ててロンドンに行くべきか否か悩むシーンが延々不必要なぐらいに続きます。

ヨリコはヒナタがくれた指輪やアパートのカギまで返して、別れを決意してロンドンに旅立つのですが、今時、ロンドン赴任ぐらいで、これほどの訣別を必要とするのかが、これまた疑問です。東京から見て札幌とロンドンの距離は比較すべくもありませんが、それでもほぼ毎週空路で札幌東京間を往復するマイルの貯まる生活をしている私からすると、互いに会いに行くように努力すれば、平均、一ヶ月に3日以上ぐらいのペースであえる関係を続けられそうと、容易に想定できそうに思えます。そうこうするうちに、ヒナタが大学でも卒業すれば、ヒモにでもなんにでもなって、ロンドンに移り住めば事足りるはずで、現実に所謂「外篭り」と称される外国滞在の日本人の若者は多数存在すると聞きます。なぜ、このような時代錯誤っぽい設定で登場人物たちが右往左往することになっているのかが、全く理解不能です。

ヨリコの友人の腐女子は、少なくともヨリコのようなバリキャリ系のOLではありません。どうせ、折角のカレシとの別れ話にストーリーの半分を費やすなら、ロンドン転勤などと言う古式ゆかしき展開ではなく、それらの腐女子にも起こりえるような、腐女子ならでは何らかの理由で、破局や終焉を迎えて戴きたいものです。

スクリーンに現れる乙女ロードや、実写の着ぐるみケロロ軍曹は、観て楽しいですが、この中途半端さでは見返す欲求も湧かないと思うので、DVDは要りません。