できてから、二度目の新宿ピカデリーで見て来ました。封切られてから間もないので、終電後の時間枠で見ようと思っていたら、ピカデリーでも12時過ぎの回がありました。
一言で言うと、息をもつかせぬスピード展開で、アクションとサスペンス全開の楽しい映画ではあるのですが、色々な意味で既視感を感じ続ける映画でした。
既視感の第一は取ってしまった電話からサスペンスが始まるところです。誘拐モノは勿論、電話から緊張感溢れる指示を受けて物語が展開する映画は沢山ありますが、(少なくとも)最初の段階で身に覚えのない電話で話が展開してゆく感じは、『フォーン・ブース』を思い起こさせます。
で、第二の既視感は、映画を見ているとよくある、「この役者さんどこかで見たよなぁ」です。アクションとサスペンスの応酬のこの映画なのですが、後述するような息をつけるところになると、この疑問が気になる心の余裕ができて、「だれだっけ」、「何の映画でみたっけ」の疑問が頭に湧いて止まりません。気になる主人公の男性を、「最近見たよなぁ」とずっと気になっていて、映画も終盤に近づいた頃、『トランスフォーマー』の主人公だ!と気付きました。それでも、まだ、何か好きな映画でみたような気がしてならなかったのですが、パンフを買ってその謎は氷解しました。『コンスタンティン』です。キアヌ・リーブズの助手役でした。『コンスタンティン』は、そのスタイリッシュさ故にかなり好きで、仕事中にも、BGVにしてかけておいたりしています。
そして、第三の既視感は、「真の主人公」であるコンピュータの設定です。善悪の判断を絶対的に下して、人間に迫るのは、やはり、コンピュータなのかと、いつもの展開に「そうですかい」と言う感じでした。過ちを犯す人間と過ちを犯さない全能の機械の対決といった構図が、よくあるSFモノに見えます。エシュロンなどを想定すると、情報収集と言うことでは、かなりリアルですが、送電線に過電圧を加えて切れた電線で下を走る人を殺すなどまで判断するコンピュータと言うのは、かなり無理があるように感じました。
やはり、『ターミネーター』のように、工場を支配して、ラインで『ターミネーター』を製造して送り込むことぐらいやって戴きたいものです。今回のコンピュータが、無人偵察攻撃機で主人公たちを追い掛け回すシーンがありますが、飛行場から、ちゃんとミサイルを装填して燃料も十分な機体を選んでハッキングして起動した筈です。そのミサイルを装填するのも燃料を入れるのも人間に頼っている仕組みと言う時点で、コンピュータ側の敗北は決まっているように思うのです。
そのように考えると、この「主人公」であるコンピュータは、随分、人間臭いと言うか、まだるっこい奴です。なぜこれほどに回りくどく人を操って、最終的に国家の敵と認定した政府首脳陣を殺害しようとするのでしょうか。ホワイトハウスか何かに集まった所に、ミサイルでも核兵器でも打ち込んでやればよいように感じます。ついでに言うなら、『ターミネーター』の人類の敵のように、ナノセカンド単位で人類を滅亡させようと判断して、一気に核ミサイル攻撃を判断するぐらいのことがコンピュータのクセにできないというのが、おかしな話です。
さらに、第四の既視感は、IC制御された機械類を自由に操るという能力と言う設定です。この意味では、寺沢武一の『ゴクウ』が画も設定も大好きだったので、この映画の方は、かなり色褪せて見えました。ハッキングして電脳を操ることができるという意味では、『攻殻機動隊』だって、更に先を行っている気がします。
で、第五は、スピード感バリバリのアクションでしょう。カーチェイスも迫力満点で、どのクルマとどのクルマがぶつかったのか、動体視力が悪い私は全く分かりませんでした。凄いの一言です。しかし、これも、ここ最近のアクション重視の映画、例えば、『ボーン・ナンチャラ』シリーズとか、つい先だって見た『ウォンテッド』などと同じように感じます。
点数をつけるように言われたら、面白さ、でき、など総合点で100点に近い映画といえます。しかし、スピルバーグがひらめいた着想を何年も暖めた結果などと言う割には、何かの二番煎じやらの上手なコラージュに見えるのです。だから、DVDは要らないですね。
追記:
『ウォンテッド』でみたアンジーさんが、何とはなく女優として行き詰まりを感じさせるのに対して、アンジーさんと血を交換し合ったというビリー・ボブ・ソーントンは、安心してみてられる、凄く演技の上手いオジサンになっていたように感じました。