7月3日公開の作品で封切から5日目の7月上旬の水曜日に観に行きました。全国でもたった一館しか上映していない状態で、明治通り沿いのミニシアターが集まったビルの中の映画館の一つで夜9時5分の回を観に行きました。1日1回しか上映していないので、毎日全国でもここで1回しか上映されていないことになります。
シアターに入ってみると、全部で20人ほどの男性がほとんど全員の観客で、女性は私が気付いた限り2人だったように思います。
この『エンボク』のタイトルは「援助交際撲滅運動」の略で、遠藤憲一がキワモノ主人公を演じたカルト的有名シリーズで過去に『援助交際撲滅運動』(2001年)、『援助交際撲滅運動・地獄変』(2004年)、『STOP THE BITCH CAMPAIGN 援助交際撲滅運動』(2009年)3作が作られています。私はこのシリーズのDVDを持っていますが、すごく気に入っているというほどではありません。たとえば『シベ超』と同様の注目すべきシリーズであるとは思っています。その新作が10年のブランクを経て創られたというので、観てみようかと思ったものです。
ほぼ1時間しかない非常に短い尺の映画です。(これでも、通常価格らしき1800円の料金です。)一応DVDも持っている3作を見直すこともなく、それらの記憶もあやふやなままに今作を鑑賞しました。
前作群で遠藤憲一演じる主人公は「エンボクのクニ」と呼ばれています。クニは単に渾名のようなものですが、この作品でも主人公は熊切クニオだかクニジとかいうような名前で、エンボクのクニを踏襲しています。ただ、今回のエンボクのクニは板尾創路が演じていますが、警察官です。最初は交番勤務で真面目で無口な警察官と言うことになっていますが、だんだんと配属されたての若い警察官が他の警察官に聞いて知っていくという形で、熊切の過去のエピソードが明らかになって行きます。
熊切は娘が援交を始め、そのトラブルで校舎で飛び降り自殺を図り、その心労から妻も自殺したという背景があることが語られます。一方で、かなり手際の悪い「エンボク」活動を裏でしている刑務所からの仮出所3人組を、自分が一人で暮らすアパートの別室に暮らすように手配などして保護司と呼ばれる仕事もしているとされています。
この3人の裏の活動を熊切は知らない様子で物語は進んでいますが、途中で一転して、熊切こそが元祖の「エンボクのクニ」であって、他の3人はその模倣をしているだけだと判明するのでした。3人に援交女子高生として顔も名前も住所も暴かれて復讐に燃える工藤愛美が、3人を襲撃し、エンボクの専用サイトも消去するに至りますが、そこに現れた熊切が、「おまわりさんがちゃんと話を聞くから…」と彼女を自宅に連れ込み、拘束して、射殺するように脅しながら、セックスに至るのでした。
工藤愛美はそれなりに成績も良い女子高生のようですが、スペイン留学を夢見て援交でカネを貯める背景には、(多分)実の父親から母親の目を盗んで頻繁にセックスを要求されている関係のせいで、人格が乖離する寸前にまで追いつめられている実態があります。当然、彼女にとってセックスは、自分を殺して感情もなく、欲望を振りかざす男に苛まれることでカネを稼ぐ行為でしかありません。
そんな工藤愛美は熊切に拘束され、銃身を膣に挿入され掻き回される中で、死の恐怖と共に生きることへの強い執着に目覚めます。それに気がついた熊切は工藤愛美と丁寧に交わることにしたのでした。熊切が他の援交女性に対してどのような態度を取っているかが明確に描かれていませんが、同様の被害に遭った女性が、放心状態でとぼとぼと手提げ紙袋に包丁を入れて熊切のアパートに押し入ろうとする場面があるので、相手の人格を認めないような暴力的そのものの凌辱をするのであろうと想像されます。ですので、それがそうであるなら、工藤愛美への対応は、明らかな方針転換です。
工藤愛美は初めての深い悦楽に落涙しつつ、熊切に感謝して、その後、スペインに旅立つのでした。何か名匠代々木忠監督による『ザ・面接』シリーズに登場する、トラウマを抱えた女性を男優との濃密なセックスで救い出す展開を、物語を大分盛って作り直したような印象を受けます。私もこういう展開が現実にさえあり得ることをよく知っているつもりです。しかし、一般の良識人が見たら、単に援交を弄ぶ男達と、身も心も壊していく若い女性達、そして、その状況を無理矢理肯定するような異常なセックスと捻じれた感激に見えるだけのことでしょう。
あり得るし、この通りあったのなら、一応私には構造的に「いい話」に見えるのですが、どうも物語の作りが甘く、板尾創路以外の役者陣のぎこちなさ感は否めず、おまけに、工藤愛美役の若手女優は日常の場面も濡れ場でも何か冴えがなく、かなり辛い映像になっています。おまけに一人浮き立っている板尾創路は、逆に怪しさ満点で、登場時点から、「どう考えても、この人が何か裏でヤバイことをしているでしょ」としか思えません。少々苦しい作品だと思いました。これなら、虐待経験やその結果の人格分裂を抱える少女達を濃密なセックスが明確に開放して行く『ザ・面接』の幾つかの優れたエピソードの方が、数十倍見応えがあります。
物語の狙いは分からんではありませんが、DVDは不要です。
追記:
シアターに入る時間を待っていると、ソーシャル・ディスタンシングとやらで不自然に私から離れて待合のベンチに座っていた30代に見える女性が、久しぶりに会ったらしい連れの60代に見える男性に向かって、ずっと近況報告をしている会話がまる聞こえでした。どうも、その女性は、この映画の(出演者の一人ではないかと思える風情でもありましたが、)関係者のようで、芸能関係の仕事だけでは食えないということなのか、直販サイトの立上げと運営代行を営むウェブ系会社が、法人リストに対して営業電話を掛けるバイトをしていると延々と話していました。業界単位で法人リストはできているようで、彼女は全国の「精米業・精麦業」の会社に、売込み電話をここ1ヶ月で万の単位でかけたと言っていました。その中で、案件化できたのは5件程度らしく、それでも、徐々に相手の反応が蓄積されて行き、こちらの売込み方が精緻になって行くのが非常に愉しいバイトで、おまけに「精麦業」などという日常ではほとんど知ることのない業種の会社に、向こうもほとんど想像をしたことのないサービスを売込むことのチャレンジ感が溜まらないという話を熱く語り続けていました。
アウトバウンドのコールセンターで働くことは、精神的な負荷が大きく、不適合な人が多数生まれるのはよく知られていますが、このようなケースもあるのだなあと、大変興味深く話を聞いていました。ちなみにこの女性と男性の二人は、シアターに入った後も、「ああ、●●さん。こっち、こっち」と知人数人が現れるごとに挨拶をしていましたので、20人ほどの観客の4、5人に一人は、制作関係者であったのかもしれません。